CINE21 850号①
またまたazukiさんが
訳してくれましたー
CINE21のインタビューはほんまに読み応えがありますよねー
日本の韓流スター的なインタビュー
はよ止めて欲しいです。

殿の発言は水色の部分です。


[イ・ビョンホン] この俳優の無限挑戦
「G.I.JOE2」「私は朝鮮の王だ」 イ・ビョンホン


あえて分類してみようとしても、イ・ビョンホンは独歩的な世代だ。
彼はチェ・ミンシクを筆頭にしたソン・ガンホ、 ソル・ギョングのような
演技派俳優たちと立場を共有しないし、
スター性を土台に演技性を構築したウォン・ビン、チョ・インソンのような
俳優とも共通の分母で編集されない。
訓練ではなく、生まれつきの演技。世代と地域を出入りするスター性。
この二つこそ、別々に引き離すことができない、
イ・ビョンホンを構成する単一の物であると同時に、
彼のスクリーン掌握力を絶対的にさせてくれる要素だ。
17周年を迎えたCINE21が俳優イ・ビョンホンに会った。
光海君と似ている外貌を持った賎民ハソンが
偽物の王の役割をしながら起きるファクション
(*注)フィクションとノンフィクションの中間のもの)
時代劇「私は朝鮮の王だ」で彼は、
光海君とハソンの二つのキャラクターを行き交う
1人2役の演技で撮影に邁進中であり、
まもなく封切りするハリウッドブロックバスター「G.I.JOE 2」で、
変化したストーム・シャドーを見せてくれる予定だ。
演技生活 20年の間の彼は、
容易く崩れない堅固な自身を積み重ねたが、
率直な彼の話を通じて振り返ったその道には、葛藤と疑心、
挑戦と決断が毎瞬間共にしていた。
安定を放棄することで彼が得た無限な期待の領域に、
つかつかと足を入れてみる。


撮影真っ盛りのところだから、今日のインタビュースケジュールは、奇跡と同じでした。

本当にドラマを撮っているようです。
製作費の負担によって、昔より、現場が、
とてもタイトになっています。
アメリカで毎日運動しながら撮影する時より、
もっと大変なように思います。



時代劇は初めてだから、馴染みが薄いです。

わぁ、時代劇をする人たちは、すごいと思いましたよ。
髭をつけて、まげを結って上げる扮装が、
どんなに苦痛か分かりません。
歯の矯正をする人たちが、初めに、
とても痛くて眠れないと言っていたのですが、
たぶん、似ているように思います。
撮影が20時間なら20時間、
ずっと口の周辺と頭の中が痒いです。
それに耐えながら続けます。
撮影が瞬間的に大変な時は多いですが、
こんなに粘り強く苦痛が伴うものは初めてです。
とても鋭敏になって集中できない時も多いです。



その上、抜き差しならない、冬の撮影でした。

生まれて初めて下着を着ました。
一枚でもなくて二枚ずつも。
本当に寒くて狂いそうだったんですよ。
服は、みんな麻の素材なので、
保温が全くできなかったんです。
ハソンを演じる時は、それでも大丈夫です。
でも、光海君は王なので、
服がシワになってはいけません。
よく折り畳まれているし、シワになる素材だから、
少しの間暇ができる時に、
パディング(*注)パディングウェア=羽毛などを詰めた防寒用の上着)
も着ることができません。
一時間以上休みそうだと思うと、
脱いでパディングを着ています。
大部分は寒いまま、ただ堪えるしかないです。



苦労するからそうなのか、とても痩せたようです。頬の肉が、すっかり減りました。

痩せは、しなかったです。
むしろ監督が、時代劇だから、シックスパック、
こんなのはダメだとおっしゃるので、
作った筋肉をすべて無くしています。
さらに、お腹も出てきました。 (笑い)
扮装するのに一時間半程度もかかるので、
一日を早く始めます。
最近は、両水里(ヤンスリ)でなければ、
聞慶(ムンギョン)で撮影しているのですが、
ヤンスリに行く時は、家から午前 7時に、
ムンギョンに行く時は、午前 5時30分に出ます。
ずっと朝の生活に合わせて撮影するなら大丈夫ですが、
大変なのは、3~4日ほどこうしてから、
翌日の撮影が、午後 6時に決まる時です。
そう、曖昧なのです。(笑い)
この日は、午後 6時から翌日 6時へ、
生活のタイマーを合わせておかなければいけません。
そうすると、翌日には、めちゃくちゃになります。
いつでも眠くて寝なければならない時間には眠れない。
身体は、それで萎えるように思います。



それでも初の時代劇を '試み'るほど、
今度の役は、魅力的なキャラクターです。
1人2役というのも、間違いなく、俳優にとっては、
大きな刺激になるはずだし。

単純に興味で行くには、負担な部分があります。
1人2役という構図は、
確かに俳優にとっては挑戦の地点ですが、
完全に感性だけで、これをすることになったのではありません。
私が楽しんでこそ、それが作品にも反映されるし、
結局観客も楽しむことができると
マインドコントロールをしたりするのですが、
ある瞬間からは、
それが上手くできなかったんですよ。
この結果は、最終的には私を評価する物差しになるし、
私が最も上手くする部分だと判断してする仕事だから
責任感が大きいです。
自分一人楽しむなら何でやるのか。
観客がそっぽを向いたら、それで終りなのに。
その上、次の作品にも影響を与えます。
私にとっては、これが生計です。



「私は朝鮮の王だ」が大きなプロジェクトになったのは、
イ・ビョンホンのキャスティングが、功を奏したという評価です。

みんながとても期待しているのですが、
今度の映画は、思ったより可愛らしいドラマです。
シナリオを読む時は面白かったのですが、
今度は少し珍しい経験でした。
私もこの生活をした歳月があるから、
普通作品を見れば 60~70%は下絵が描かれます。
ここで私に任せられるものがどんな姿であるかは、
およそ80%は見えます。
話は監督の領域ですが、キャラクターは私が描くものなので、
もっとよく見えます。
でも今度は、それが全く見えなかったんですよ。
キャラクターが正確にどうなのか、私がその役をした時はどんな姿か、
想像できなかったんですよ。
しようと思う役について、こんなに不安で最後まで分からないのは、
ほとんど初めてでした。
3ヶ月をどのようにするか悩みました。



悩みの地点で結局見つけた解決法は何だったのですか。

ソン代表(ソン・ソグ、イ・ビョンホン所属社 BHエンターテイメント代表)が、
そばでプッシュしたことが大きかったです。
何といっても、一番目にこの映画は、
多くの人たちが好きな映画です。
また、シナリオがコミックなので、深刻な面ではなく、
今では私にこんな面もあるということを
見せてくれるのが悪くなさそうです。
確かにこの映画は、しばらく私がした映画たちと違い、
大衆的な映画です。
撮影しながらコミックな部分が徐々により大きくなるので、
もはや完全にコミック映画になったようでもあるし。 (笑い)



一度生きる人生、何のために石橋を何度も叩くのか


ある瞬間から、出演作がジャンルや素材において、
暗くてマイナーな側面が強いのは事実です。
これ以上大衆性にこだわらないという印象も受けたし。

「純愛中毒」の時から、そうみたいです。
「甘い人生」も評壇は認めたけれど、観客数で見ようとすれば、
見捨てられたのも同然だったし。
「悪魔を見た」は言うまでもなく。
深刻で真摯にしながら、結局、悪役まで行きました。
だから劇場によく行く 20~30代の観客は、
私のイメージをとても暗く思います。
でも、それは誤解です。何故なら私は、
わずか十数年前までにしても、
良く笑わせるやつ、不真面目なやつ、
元気な大学生のイメージが全てでした。
「明日は愛」「ポリス」「アスファルトの男」をする時は、
私が深刻な役をすると言えば、
“イ・ビョンホンが、そんなことをどうして言うのか”と、
話にならないと言いました。
私は自分の歴史を知っていて、
こんな明るいイメージが頭の中にすべてあるから、
私のイメージが違うように受け入れられるということも分かりませんでした。
ところで一年ほど前、後輩が
“兄さんは、とても深刻で真摯な役ばかりするみたい”と言ったんですよ。
それは君の誤解だ、と言ったのですが、
じっくり考えると、私は、自分を誤解していたんですよ。



「私は朝鮮の王だ」のコミックな要素は、今の基調を逆転して、
大衆性を獲得する土台になるものですか。

厳密に言って、以前まで、
観客数を考えて作品を選択した事はなかったです。
「I COME WITH THE RAIN」をしたのも観客数とは距離が遠かったし、
「G.I.JOE:戦争の序幕 (以下 G.I.JOE)をする時も、
人々が後ろ指を差す感じを受けました。
それなりに自分の世界で位置を押し堅めている奴が、
何故あんなことをするのか。
ハリウッドだと石橋なのか、スポンジで作った橋かも知れなくて
無条件で行くのかと眺める視線がありました。
その当時は、私にとって、すごい激変期でした。
一ヶ月の間に「グッド・バッド・ウィアード」
「I COME WITH THE RAIN」「G.I.JOE」、
三つの映画の契約を締結しました。
以前までが人々が少し喉の渇く程度で作品をしていたというなら、
この時からは、本当に休まず行くようになったのです。



観点の変化が生じたのですが、何か、特別なきっかけがあったのですか。

どうせ一度生きる人生なのに、
何をそんなに石橋を何度も叩くのかと思ったんですよ。
作品の結果や波長は、
誰にも予測することができないことなのに、
私は何をそんなに占おうとするのか、
ただ私をもう少し豊かにさせて、
私の新しい姿を見せてくれることができるなら
一度やってみようと思いました。
やって後悔する方がマシだと思ったんですよ。
そんな決心をしてからは、
作品を決めるのに時間が少なめにかかるし、楽になりました。



総70回のところ、既に30回撮影を終えたのですが、
半分になる今の判断は、どうですか。

あまりにも無茶でユーモラスだから、
こんな役は自信があるように思っていたのに、
久しぶりにしてみると、感覚を失ったのか、
上手くしていても、
やたらに自分でチェックするようになります。
最近は、分裂症を経験しているようだったりします。
ある日は光海君を演じて、
翌日はハソンになっている日も多いです。
普通 1人2役なら、
完全に異なる二種類の役をするのですが、
これは、元はと言えば三種類の役です。
光海君、ハソン、そして、
光海君であるように光海君の真似をするハソン。
そのディテールした差の水準を調節するのが、
すごく大変です。
現場で、二人の人物の雰囲気が完全に違うと言う褒め言葉を聞くと、
気分は良いですが、
実際に、その程度に雰囲気を確実に変えようとする私は、
物凄く苦闘しているのです。
俳優たちに与えられた能力である瞬間沒入、
こんなものたちが、ある程度あるからできそうです。

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by gomazokun | 2012-04-25 21:35 | その他翻訳
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