COSMOPOLITAN12月号
またまたazukiさんが訳してくれました^^
殿の発言は水色の部分です。

STAR STORY
A Man on the Way


デビュー以来一度もトップの座を失わなかったイ・ビョンホンは、
一人でコツコツとハリウッドに歩いて入って行った.
魅力的に輝いた目つきは、さらに鋭く光るようになったし、愉快な気配は以前と同じだった.
映画撮影のためアメリカに滞在している彼にカリフォルニアナパバレーで会った.


私は、昨日午後に韓国発サンフランシスコ行きの飛行機に乗って、
こちらナパバレーに到着しました.
ビョンホンさんは、ニューオリンズから飛行機に乗って、昨日夕方に到着したんでしょう?
地球の反対側ののんびりしたワイナリーで、
ビョンホンさんに会ったら、すごく特別な気がしますね.

撮影が、ほとんど最終段階に入りました.
3週間後なら、韓国に帰ることになりそうですよ.
アメリカを離れる前に、ちょっと特別な旅行がしたかったので、
どこに行くか悩んでから
世界的なワインの産地として有名な、
カリフォルニアのナパバレー地域を旅行することに心に決めたんです.
私はワインがすごく好きなのですが、
ナパバレーは世界的に有名なワインの産地なので、
是非一度来たかったんですよ.
歴史が深いワイナリーを訪問して、
カリフォルニアの美しい自然も満喫しながら、
久しぶりにひっそりとした時間を過ごしています



去年の夏から韓国を離れていたでしょう?
月で計算すると、あまり長くないのに、なんだかかなり昔のような感じがします.
その間どのように過ごしていましたか?
とにかく、身体がとても良さそうに見えますね.

アメリカには 7月中旬頃来て、
しばらく映画撮影のために多様なトレーニングを受けました.
トレーニングを受けて運動して、トレーニングを受けて運動して.
そのようにして8月中旬から本格的に撮影に合流したし、
今 3回分量程度が残りました.
ニューオリンズで、個人トレーナー、マネージャー二人、
スタントダブルで一緒に来たチョン・ドゥホン監督、
こんなふうに男五人で過ごしています.
あまりにも運動量が多かったので、
撮影がなくて休みの日には、本当に何もしたくなかったです.
何時間か、ぼーっと座っている途中で、
ハッと我に返ったことも何回かあったし.
今は、撮影がほとんど終わって、
たまにワインも一杯飲んで食事も正常にするので
再び自分のペースを取り戻したのですが



あっ、寂しかったですか.

はい. 韓国が、本当に、とても恋しかったです.
撮影のない日は、もっとそうでした.
男五人がアパートで、ぼーっとしている途中、
誰か一人がインターネットをむやみに検索するでしょう.
“わぁ、今のその映画やるって.”
“おもしろい. その映画見に行こうか?”
でも、そのように話していても、五人でずいぶん考えます.
行こうか、止めようか?
みんな、運動をあまりにもし過ぎたせいで、力がないし.
ところが、メニュー調節中だから、
キッチンへ行って鶏の胸肉のサンドイッチ五つを準備します.
そのようにお弁当をこしらえて映画を見に行ったり、
ある日は<スーパースターK2>とか
<スターオーディション 偉大な誕生>を見ながら時間を過ごすのが
最大の楽しみでした.
それでも Part1を撮影する時よりは、ずっとマシでした.
あの時は、単純に韓国から遠く離れた所にいるから、
あるいは知っている人があまりいなくて生じる寂しさではなく
映画のために生じた寂しさだったから


遠く離れているからではなく、映画のため生じた寂しさだから、それはどんなことですか?

韓国で私が今まで積んで来た俳優としてのイメージ、
そして私の世界というのがあるじゃないですか.
ところが、いきなり仮面を被って、
刀を持って来て空を飛び回る映画を撮らなければならないと思ったら
実際、混沌としたんです.
この映画をすることに決めてアメリカへ来て
撮影をして封切りするまでの期間は、
実際は、とても混沌とした時間だったんです.
誰にも話せなくて一人で悩んだし、
後で全ての責任を自分一人で引き受けなければならない
という思いのため辛かったです.
しかし、人々に、この映画がとにかく近づいて、
この映画の魅力が何なのか分かるようになったのか、
今度の映画を撮る時は、怖さが相当なくなりました.
それに、ハリウッドのシステムにもとても適応できたし.



(写真の中の文:“俳優になるまで私の人生は平坦でした.“
と言う彼の目つきは、少し疲れてだるく見えた.
かなり長かった海外滞在が、
彼には孤独と向い合う時間をプレゼントしたせいかもしれない.
しかし慣れて楽なものなどと別れる代わりに、
自分自身との新しい対決を始めた俳優イ・ビョンホンには、
このすべてのことが決まった運命であるだけだ.
甘くほろ苦い運命までも押し黙って受け入れる用意ができたこの男にとって、
孤独だから、疲れてだるいからということは、
彼が描く人生の軌跡に、ただ必要十分な何かであるだけだということを、
彼も分かっているし、私たちも分かっている.)


Part1の成功のおかげで part2のキャスティングが可能だったため
実質的に俳優イ・ビョンホンに対する待遇も
少し良くなったのではないかと思うのですが.
それから、撮影場雰囲気は、どうだったのですか?

はい、ものすごく良くなりました.
実際、Part1では監督と相談するとかシナリオに対して
お互いに深い話を交わすとか、
私のアイディアを提示するとかいう考えは、
敢えてできなかったです.
そんな話をするに値する雰囲気にもならなかったし.
でも今度は '私の影響が結構できたのか?'
という気がするほど
私のアイディアを話すと、
差し支えなければ受け入れる雰囲気でした.
この映画に一緒にキャスティングされた
ブルース・ウィリスとも気楽に楽しく撮影したんですよ.
皆がとても気楽に撮影する雰囲気でした.



韓国では一瞬もトップの地位を外れたことのなかったあなたが、
そんな混沌と生硬さの時間を持ちこたえながらも
ハリウッド映画に出演を決めたというなら、
何か遠大な意味のようなものがあったのではないかと思いました

おおげさな意味というものまではなかったです.
これといった目標というものもなかったです.
私はただ、自分がどこまでできるのか、そして、
自分が挑戦することができる力が、どこまで出てくるのか、
胸のドキドキが、いつまで続くことができるのかを
試してみたいという考え程度でした.
どこまで行くか一度見てみたいというそんな感じ



とにかくハリウッド進出の第一歩を成功的に仕上げて、
既に二番目の映画が来年に早速封切りすると思いますが、
グローバルスターという呼称は、あまり不自然じゃないという感じです.
グローバルスターになるということは、
結局、俳優としての影響力が、ますます大きくなること
を意味すると思うのですが、どうですか?

うーん、言わばそれはまるでコインの両面みたいな感じですね.
私を知っている人が多くなって、
私によって影響を受ける人が増えることを思うと、
実際、良い影響を与えなければならないという
プレッシャーが大きくなります.
しかし私は俳優を始めたし、今も俳優で、
今後とも俳優であるはずなので、
そんな負担に閉じこめられるようになれば、俳優としての私の色は
ますます褪せることがありうるという怖さも同時にします.
実は、その部分に対する結論は、もう下しました.
私が俳優として、とにかく仕事に臨む時は、
ジャンルでも役目でもストーリーに対しても、
とても自由でいたいです.
それから、人々に良い影響力を与えることも、
持続的にして行くつもりです



デビューしてから 20年です.
20年間俳優として生きていたあなたが、俳優という職業に対して、
どんな定義をつけるのか気にならざるを得ないです

自分が今まで生きていきながら感じた感情を極と極として、
自由自在に変奏して想像して表現し出すことが俳優だと思います



ビョンホンさんには、はじめから、
そのように感情を自由自在に変奏して極大化して表現する過程が、
ある程度は容易く感じられましたか?
演技の授業をまともに受けたこともなかったけれど、
大衆と評壇からいつも演技力を認められたビョンホンさんだったので、
その過程が難しくなかったと言う気がしたりするのですが

私は 20年俳優ですが、たまに
'私は今何をしているのだろう?' 、
'私が今しているのは演技なのか?'
そんな気がしながら、完全白紙状態になる時があります.
それで作品に入って行く前、
頭の中に絶えず私が引き受けた配役を描いてみて、
その人物に染まろうと努めます.
見えない形態を自分の目に見えるように繰り返す作業が、
俳優としての人生で 3分の 2を占めると思います.
しかし、その形態をまともに見られずに作品に入って行く時もあります.
そんな時はその作品が終わるまで、おびただしい苦痛を経験します.
私がどんな人物を演技するか分からなかったまま演技するのは、
それこそ '演技をする'という気がするようになるから.



ビョンホンさんのフィルモグラフィーを見ると、
ますます作品の頻度が増えるのが分かりました.
実はトップスターの地位が確固になるほど、
作品の数を減らして大衆から遠くなる方に、
つまり神秘主義を選ぶ何人かの俳優を思うと、
ますます多作モードに入って行くビョンホンさんのフィルモには、
確かに理由があると言う気がしました

今が私の人生で最も鋭敏で纎細な時でないかは
分かりませんが、
とにかく、徐々に時間が経つほど、
少しずつ鈍くなることもありうるという考えをするんですよ.
俳優としての私の最大の長所は、
おそらく真正性ではないかと思うのですが、
その真正性を毎瞬間持とうと努力することとは別個で、
私が俳優として全身の感覚をもう少しディテールするように
表現することができる時、
もう少し多く作品をすることが、
後で後悔しない人生であることができるという考えをしました



後悔しない人生を生きるということ、重要なことです.
これからの人生が、どんな姿だったら良いと思いますか?

私の人生は、平坦だったら良いです.
でも私の映画人生は、スペクタクルだったらと思います



今までの人生は、平坦だったと思いますか?

概ね名前が広く知られた俳優やアーティストたちは
その職業を持つ以前の人生がとても屈曲が多くて、
あまりしてみることができない特異な経験を
たくさんした方でしょう.
そこで演技の深みが生じて創造的な何かが出たりするから.
でも私は、実はものすごく平坦な人生を生きていました.
俳優になって多くの人々に知られるようになるから、
それ自体が、私には、これ以上の平坦さを許さないのでしょう.
俳優の人生が、どうして平坦にすることができますか.
派手な時もあるし、ものすごく良くない時もあるでしょう.
このようなことが、決して緩くないグラフのように
軌跡を描くようになるから、
平坦な人生と遠くなったな、そんな考えをするようになります



平坦ではないこと、大丈夫ですか?

私は平坦な人生になるように望んだけれど、
俳優になった以上そうではないんですよね.
私は、ただ耐えてぶつかって行かなければならないのでしょう



ビョンホンさんも、失敗を経験して後悔した記憶がありますか?

私は後悔しないです.
すべてのことは自分の業報で、
自分の運命であるだけだと思っています



インタビューの度に外せないのは、
たぶんあなたの恋愛と結婚に対する質問のようです

共通点が多い人だったら良いです.
私より賢明だったら良いし.
それから、その人に初めて会った瞬間には、
胸が震えたらと思います.
私の年齢くらいになると
'あぁ、この程度なら気楽だな'という考えで
結婚を決める人々もいますよね?
私はそれでも、最小限、私がその人と結婚すると決心する前までは、
強烈な胸の震えがあったらと思います.
そんな人とワインを一杯飲みながら多くの話を交わす、
そんな恋愛をしたいです.
結婚は当然したいですが、
時間がもっとたくさん経つとできないかも知れないという危機感は、
確かにします



もう何週間か後韓国に帰ると、
また他の試みと決定をするようになるでしょう.
今後の計画は、どのように立てているのか気になります

確実に決まったものはないです.
私はいつも無計画でした.
誰かが私に目標が何なのかと尋ねると、
頭の中が真っ白になる感じさえします.
計画をして生きるスタイルだったら、
私には、もう妻と子供もいたのだし、
とにかく普通の男たちのようにノーマルな人生を
生きていたかもしれません.
無計画の中で生きるということは、
それを楽しむことができる限り大丈夫だと思います.
'次は果してどんな作品が私に来るのか?' 、
'次回は何が私の胸をドキドキさせるのか?'
そんなことに対する期待があるから.
私は、完壁とはほど遠い人ですが、
私が行くことができる限り、
一生懸命私の前に置かれた道を行ってみたいです.
今までそうして来たように

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by gomazokun | 2011-11-26 22:14 | その他翻訳
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