CINE21 820号『映画の演技とは何か』 (5)
7. 映画監督と映画俳優は、どんな方式で一緒に創造するのか?

映画俳優は監督(そして製作者と投資者)に選択される前には、
仕事に着手することができない、
イニシアチブを剥奪された奇妙な境遇の芸術家だ。
俳優に監督が重要な二番目の理由は、
監督の業務が映画演技の有機的構成要素だからだ。
映画の演技は、ショットの大きさと持続時間、編集が作る衝突、
音楽と美術、そして特殊効果と一緒になり、
最終的効果を観客に発揮するのだが、
そのすべての要素を総括する主体は監督だ。
話しても話さなくても俳優たちは、この点を鋭敏に意識している。
「ゴッドファーザーPARTⅢ」でシチリアを訪問した
マイケル・コルレオーネ(アル・パチーノ)の演技に関する
ハ・ジョンウの観察を聞いてみよう。
“そのシーンを見れば、アル・パチーノが直接的に演技しなくても、
カット割りと音楽とフラッシュバックが彼の演技を助けます。
おかげで俳優は、シンプルに行っても良いのです。
アル・パチーノは、その総合をあらかじめ分かっていたのでしょうか?
そんなことを思えば、敢えて俳優がフレームの中を、
すべて満たさなければならない必要はなさそうです。 ”

大多数の俳優が所有した監督の概念は“全体を知る人”だ。
作品全体のバランスに関する問題は監督に
任せるしかないという意味だ。
コ・チャンソクは“演劇は観客と接触する前方に俳優がいます。
演出と多くの論議をしますが、
最終的コントロールは俳優の分け前です。
一方映画は、私がどう考えて演じようと監督によって編集されます。
だから私が少し理解できないとしても、
監督の考えを理解しようと努力する必要が生じます”と言う。
ハ・ジョンウは、俳優が最優先で理解する要素はキャラクターではなく、
それを作った監督の気質と方向、意向という意見を、
控え目に打ち明ける。
イム・スジョンは、ここで一歩 (可愛らしく)さらに進む。
“キャラクターと作品には、監督の気質と人間観だけではなくて、
ちょっとした好みまで込められていると思います。
監督の多様な人間的様子が、
ちょっとした小道具にも現われる時があります。
だからいつも監督たちを観察します。
「サイボーグだけど大丈夫」でヨングンが、
しばしば使う 'おお' という感嘆詞は、
実はパク・チャヌク監督の癖から出ました。
例えば 'すべての監督は俳優になりたくて監督をする'と言う
チェ・ドンフン監督(「チョンウチ」)は、
演技の演出をする時、直接試演をしてみせるタイプです。
核心を伝えたいのに方法が分からなくて直接して見せるのです。
だから私は監督の試演をそのまま真似するのではなくて、
そこで核心だけ読めば良いです。”
と言うが、ふと気になった。映画を作ってみると、作品の著者は監督でも、
人物について一番多く悩んだ俳優は著作権を
主張したい瞬間が来ないのだろうか?
“それで俳優たちは言ったりします。
'何故そうすべきなのでしょう?
私ならそのようにしないように思うのですが。'
その時監督たちは、少したじろいだりします。
誰より俳優がその人物に身近にいることを直感しているから。
イ・ビョンホンの経験談だ。
監督と俳優は、人物に対して当然異見を持つことがありうる。
ソ・ヨンヒは、映画の基本的方向は、
共有する中で俳優がまだ予想できない演技を見せてくれる時が
最上の雰囲気になると笑いながら言う。
俳優と監督の感情のもつれと紙一重だ。

それなら監督はどのように俳優を助けることができるのだろうか?
韓国映画の主要作家たちとすべて
等しく作業して来たソン・ガンホは、
監督の良い演技演出を簡単に定義する。
“演技をよく引っ張り出す監督の方式は、
基本的にまったく同じです。
俳優が創意力を発揮することができる環境を作ってくれるのです。”
俳優がキャラクターを作る過程に対する
イ・ビョンホンの隠喩は次のように続く。
“結局人物の正面を見ることができなければ、
監督が前で持って立っている鏡に映った反映を見て演技したりします。”
ソ・ヨンヒの記憶は、より切なくて具体的だ。
彼女のデビュー作 「嫉妬は私の力」のパク・チャノク監督は、
カメラのメカニズムに無知だった彼女に、
相手と目を合わせない演技も虚飾ではないことがあるのを
注意深く説得してくれた。
ただ、俳優たちの証言で推測するにしても、
監督の演技の演出には要領が必要だ。
たとえば “彼はお母さんと係わるトラウマのため女性を
憎悪して”のような観念的規定は、
俳優を助けるどころか、縛りつけることがありうる。
いっそ “彼は今酸素が不足でトッポキが食べたくて”
のような話が流用することができるという話だ。
オ・ダルスが指折る一番易しい演技
ディレクションは 「オールドボーイ」で
パク・チャヌク監督がかけた“あいまいに演じてくれたら良いでしょう”だ。
そうしたところ、少し後、
模倣フィルムを準備したんですよ“と彼は付け加える。
イム・スジョンは 「箪笥」のキム・ジウン監督が
した演技演出を次のように記憶している。
“この場面では、はじめと終わりが、
このような状態と描写されませんでした。
代わりに、映画を準備して私的に交わした対話の印象的部分を記憶して、
感情を思い出させてくださいました。 ”


8. 俳優は与えられた配役の他に、どのように映画の創造に寄与するのか?

俳優が満たすところを正確に区切っておいて、
最善の技巧で満たしてくれることを期待する映画があって、
俳優によって、
その映画の話と態度まで初めて完成される映画がある。
監督たちは、頼もしい俳優を得た時、
彼らを創造的パートナーとして眺める。
ファン・ジョンミンは、演出に対する創意的寄与は、
俳優の基本責務の中での一部と考える立場だ。
“それでこそ映画が豊かになります。
将棋を置く当事者には見えない手段が第三者には見えて、
入れ知恵を置くようです。”
ファン・ジョンミンは 「不当取引」での彼のキャラクターが
部下刑事を偶発的に殺害して
現場を操作する場面を撮影する時、
多くのカットに分ける代わりにジミージブ(小型クレーン)を利用して
1テイクで撮る方がずっと力があると提案した。
自らあまり創意的な俳優ではないと思って、
なかったシーンも作り出す男優たちに感心していた
チョン・ドヨンは、近作 「カウントダウン」で、
自分でも分からない間にシーンを再構成する過程で
参加している自分にびっくりしたと言う。
“長くしてみると、見えなくても良いことが見えるようです。 (笑い) ”
そうでなくてもアイディアが多いことで有名なイ・ビョンホンは、
トラン・アン・ユン監督との「I come with the rain」を
撮りながら極限体験をした。
映画の主題についてどんな糸口も与えられていない状況で、
自立心がわき出たのだ。

ソン・ガンホの原論的な簡潔な答えは、
質問者を恥ずかしくさせる。
“元々俳優を通じて何かが創造されることを望んで、
彼をキャスティングするのではないですか。
いくらジャンル映画の中での定型化されたキャラクターだと言っても、
選択した俳優が、
それを具体的に発散することを望むものです。”
一方イム・スジョンは、私たちの皆が感知していたが、
文章で書くことができなかった真実を確認してくれる。
“俳優という存在自体が、
監督と映画人にインスピレーションを起こす部分があるようです。
まるで人形遊びをするように、
俳優にあらゆる服を着せてみるのです。”
映画製作で俳優の寄与するクリエィティブは、
本人が扮するキャラクターに対する
アイディアを提供するのにとどまらない。
もしかしたら彼らは、擬人化された、
私たちが夢見る代案的世界だから。
“レディー、アクション!”の瞬間、彼らは…

チョン・ドヨン
“さあ、シュート入って行きます”とカメラの前まで
歩いて行く何秒間は
'あぁ、死にたい' という気持ちです。
頭の片隅では上手くするということを分かっていても、
上手くできるまでは、すごく、本当に、おぉ!

コ・チャンソク
“アクション!”は、吸い込まれるブラックホール、
“カット!”は、すり抜けて来るホワイトホール。
その中でどんなことが起こるかは誰も分かりません。


ソン・ガンホ
もろ刃の草を刈る道具の上に上がるのです。
喜悦を感じますが、下手するとケガをするから。
それがまさに芸術の本質だと。

キム・サンギョン
“開けゴマ!”と魔法の扉を開く呪文と一緒に別の次元に移るのです。
スレートを打つ音ほど美しい音はないですね。

オ・ダルス
NGというものがあるから、それを利用しなければならないですね。

ソ・ヨンヒ
すべてのスタッフが私を信じているから、
その信頼に対する裏切りは防がなくてはいけないと言う緊張感です。
ところで“感情を掴むようにみんな静かにしてください!”
という配慮はすごく負担です。
しないでください、どうか。

ファン・ジョンミン
レディー、アクションのサインは、私に大きな意味はありません。
一番重要な瞬間は、その時ではないのですよ。

イ・ビョンホン
俳優もスタッフも、その瞬間の心情は、変わらないと思います。
俳優はスタッフを気楽に思うことが必要です。
それでこそ“カット”してから友達や家族に尋ねるように、
時には応援を時には鋭い指摘を求めることができるから。

イム・スジョン
生まれてそんなことがないくらい自分自身に集中するので、
それで私が消えます。
私とすべてのスタッフは '私たちのチーム'ですが、
その瞬間だけは1 対多数の構図になって、
誰も私を助けることができません。
私がすべてのことを統制することができる幸せと寂しさが同時にあります。
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by gomazokun | 2011-11-23 23:04 | その他翻訳
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