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ボクらの時代
11月2日(日)7:00~7:30放送「ボクらの時代」
7時におきてTVをつけて偶然見つけた番組で、そこから録画を始めたので
冒頭5分間。。。ありません(爆
でも、3人の紹介程度だったかと。。。(ごめんなさーい)
出演はジョン・ウー監督、トニー・レオン、金城武

★トニー・レオン魅惑の瞳
金城 :すごい緊張してて、確か彼(トニー)と初めて芝居するときに、
    彼の目を直視できなかった。見て芝居できなかった。
    (トニーさんニコニコ笑ってる)
    それはなんでなのかなってのは、
    自分もなんで照れたのかはわかんないけど
    トニーさんも意外と照れ屋さんだけど、
    仕事になったときに凄く真剣になるから、
    それが。。。

★ジョン・ウーが語る金城武の魅力
ウー :(金城の話に割って入る)私達が初めて会った時のことを思い出すよ。
    私達は2人ともとても緊張していた。
金城 :どうして監督が緊張するのですか?僕のほうが緊張していましたよ。
ウー :私のほうが君より緊張していたよ。すごく緊張していたからね。
    会う前に君の芝居を見たり、写真を見たりして、
    この人はカッコイイし、才能もあるし、
    生き生きしているし、是非会いたいと思った。
    だから、あの時君がコメディに出たいと言ったので、ピーター・オトゥールや
    グレゴリー・ペックやそれからケーリー・グラントを思い浮かべたんだ。
    彼らのような俳優は生き生きしていて、優雅なんだ。

★トニー・レオンの出会い「ジョン・ウー」って誰?
トニー:僕の第一印象は?映画に出演させた時?
    僕のあなたの第一印象は「男達の挽歌」の公開初日を見に行った時です。
    最初はどんな映画か知らなかったんです。
    でもあの晩、見終わった後「なんて面白いんだ」と思いましたね。
    「ジョン・ウーって誰なんだ」って。
    僕はそれまで監督の作品を見たことがなくて、
    あの晩初めて見て「これは凄い」と思いましたね。
    その後、正式に知り合ったのは監督の映画に出るときでした。

★トニー・レオン失明の危機
ウー :そのシーンを撮り終えてから分かったんだが、銃撃シーンの途中で、
    ガラスの破片が彼の目に入っていたんだ。
    血も出て見えなくなっていたのに
    君は続けてそのシーンを撮り終えたんだ。
    その時は丸1週間何も見えなかったんだろう?
トニー:(笑)いいえ、数日ですよ。
ウー :あの時は感動したよ。役者としてそこまで犠牲的精神があるなんて
トニー:当時は途中で止めるなんて、あなたは大監督だし、
    あの撃ち合いのシーンは
    丸一日かけてセッティングして1シーンしか撮れない、
    そうなると何が何でも気絶しても取り終えなくちゃならなかった。
    だから事故は仕方ないから、撮り終えられるなら続けようと思ったんです。
    そうしないと、どうせまた取り直しになるから。

★金城武、役者になった意外な理由
ウー :金城はどうして役者になったの?
金城 :僕がなぜ役者になったか。
    確か僕が15歳か16歳の頃、道でスカウトされたんです。
    「カメラテストを受けないか?CMに出ないか?モデルにならないか?」って
    僕はその当時、お小遣いも少なかったし、その上バイクが欲しかったから
    試してみようと思ったんです。
    でも始めは、つまりあの当時はアイドル歌手でレコードを出したり、
    歌ったり踊ったりで、そしてあの当時は、良くあることだったけど、
    レコードを出せてヒットすれば、映画に出られたんです。
    それで試しに映画に出て、今のような映画の世界に入ったんです。
    初めて出た映画はチン・シュウトン(程小東)の映画でした。
    その映画の中で僕は3カットしか出ていないんです。
    一番最後のカットでは僕は殺されて、生首だけなんです。
    アンソニー・ウォンが僕の顔を欲しがったので、僕を殺したんです。
    だからそれ以降のシーンはずーっと、このままで動かない。
    それでアンソニー・ウォンが僕にキスをする。
    これが僕の初めての映画です。
    でも、まずは役者の仕事をしっかりやろうと思いました。
    だって、僕は養成所で習ったわけでもないし、どうやって演技するのかも、
    どうやって感情をコントロールするのかも分からなかったから、
    経験だけが頼りでした。

★トニー・レオン会社員から俳優へ
トニー:僕が思うに、ほとんどの役者は試験に受かるか、
    いつの間にか業界に入った人ばかりだ。
    僕も例外ではないよ。若かったから何でも試したしね。
    自分のやっていた仕事に将来性は無かったし、丁度チャンスがあったから、
    時々、自分が当時やっている仕事は
    10年後も変わらないだろうなと思っていたことがあったんだ。
    それで、偶然養成所に入るチャンスがあったんだ。
    入ってからも別に目標も無かった。
    ただ、芝居に接して芝居も悪くないなと思った。
    つまり、自分の感情を吐き出す、僕はあまり話すのが好きじゃないだろ?
    なんでも胸にしまうから、
    普段どうやって自分の気持ちを吐き出せばいいのか分からない
    ところが、芝居に接してからは芝居って悪くないなと思った。
    芝居を通じて自分の抑圧や感情を吐き出せて、凄く気持ちがいい。
    でも、僕自身はいい役者になろうなんて考えていなかった。
    兎に角、毎回楽しければいいと。

★ジョン・ウーは牧師志望!?監督になった理由
ウー :実は私も一番の希望は監督になることではなかった。
    一番なりたかったのは牧師なんだ。
金城 :は?(かなりびっくりした様子。ちなみにトニーさんは笑ってます)
ウー :私はもともとカトリックだからねぇ
    それで、神学校でたくさんの友達がいて、彼らが私は映画好きで、
    音楽好きで、絵が好きなので芸術的過ぎるというんだ。
    彼らは私がいい牧師にはなれないと分かっていた。
    だからいっそ芸術を勉強しろよと言ったんだ。(トニーさんまた笑う)
    将来、映画の世界で編集かカメラマンになれれば、もう満足だった。
    それに監督になるなんてチャンスが無いと思っていた。
    というのも60年代の映画界では、
    誰とも関係が無かったり、知り合いがいなかったら
    特に我々のような映画理論を学んだ、いわゆる知的な青年には
    ほとんど監督になるチャンスは無かったんだ。
    当時私が初めて監督をやったのが26歳だった。
    (金城「ワオ」って感じにびっくりしてます)
    26歳というのは当時で言えば、一番目か二番目に若い監督だったんだ。
    だから、今あるのは本当に幸運なんだよ。

★アジアの俳優はハリウッド進出できない?
トニー:監督はアジアの映画がこの十数年で世界の映画に
    大きな影響を与えていると思いませんか?
ウー :お互い、影響しあっていると思うね。
    私は香港の役者や台湾の役者は往々にして
    西洋の映画の影響を受けていると思っている。
    特に香港の役者は、その柔軟性や感情の表現方法で目つきを利用したり、
    内面のムードとかを使う。
トニー:僕も新しい表現で西洋の創作を刺激する必要があると思いますよ。
    だけど、役者の力は監督に力には及ばないと思うんです。
    役者には制限が多い。というのも、監督としてならアジアから西洋に行って
    自分のやり方で洋画を撮れるけど、中国の役者が洋画で力を発揮するのは難しい。
    だって、わざわざ中国の役者の為にストーリーは考えないでしょう?
    それに主役のアイデアを考える時点で中国人の角度では考えない。
    全然ないとは言わないけれど、100本に1本ですね。
    逆に香港映画だって、西洋人を主役には考えないのと同じですよ。
金城 :アジアがいい点は、
    日本でも香港でも台湾でも韓国でもどこの国でもアジア人同士が
    一緒に仕事をすることは西洋人と東洋人が一緒に仕事をするより
    チャンスが多い点です。
    例えば、映画は面白いと思うんです。規則などないですからね、
    みんな本当に自由に仕事ができる。
    決して必ずこうしなきゃいけないということはない。
    西洋ではどんなしばりがあるのかは、僕には分からないけど、
    きっと大きなしばりがあって
    みんなそれにそって撮らなきゃいけないのではないですか?
ウー :私が思うに、ハリウッドでは一部の監督やプロデューサーは時として、
    非常に客観的なんだ。
    例えば彼らが、トニー・レオンや金城武やジャッキー・チェンや
    チョウ・ユンファを気に入って非常に尊敬しているとする。
    しかし、脚本を書く時や撮影を始める時、
    彼らは固まったイメージから離れられない
    昔の映画や初期のハリウッド映画では中国人や日本人を描くと、
    中国人なら満州人みたいな、こーんな二本の長い髭を生やす。
    (鼻の下に指を当ててジョン・ウーが説明してます)
    中国人やアジア人が出てくる場面では必ずバックでドラを鳴らす音楽がかかる。
    これはイメージの問題なんだ。アジア人の役者だろうが、
    西洋人の役者だろうが共通点が沢山ある。
    だから、私はハリウッドで仕事をするときでも楽しく一緒に働ける。
    例えば、ニコラス・ケイジと仕事をしている時でも、
    まるでトニー・レオンと仕事をしているようにね
トニー:題材には多くの制限がありますよ、
    だけどアジア映画はずっと西洋の国々に影響を与えています。
    黒澤明とか。。。今までどれだけ黒澤明の映画をリメイクしているか。。。
    黒澤明の次がジョン・ウーでウォン・カーウァイや、
    それにインファナル・アフェア、アン・リーのグリーン・ディスティニーとか
    ずっと彼らに大きな影響を与えています。
    彼らに多くの刺激や多くのアイデアを与えて来ました。
ウー :私の一生は比較的幸運なのよ。自分の好きな映画を撮れる意外に、
    ハリウッドに呼ばれて洋画を撮るチャンスも得たし

★ジョン・ウー渡米は家族のため?
ウー :当時、私はひとつは家庭の為、もうひとつは自分の為にハリウッドへ行ったんだ。
    というのも、香港でこれだけ長い間映画を撮ったのだから
    もうそろそろ新しいものを学ぶべきだと思った。
    一方の家庭についても、私は家族を大事にしている。
    また、同時に子供達の教育も大事にしている。
    私の好きな生活はとても静かで、仕事が終わったら家に帰って食事を作ったり
    あるいは静かな環境の中で散歩したり、ものを考えたり。。。
トニー:ありきたりで簡単なほどいいね
    ありきたりは僕も好きですよ。
ウー :だから比較的アメリカの生活方式に憧れるんだねぇ
    私がアメリカに行ったのは、ひとつは仕事の為とひとつは家庭のためと
    それに凄く静かな環境で自分のことをしたり、考えたりするため
    これはいいことだと思っている。

★トニー・レオン結婚秘話
トニー:役者としてみてもそうだけど、特に今年結婚してから
    僕自身、人が変わったみたいです。
    以前はただの若造だったのが、今は人の亭主になって
    本当に変わっちゃったんですよ(笑)
    以前は結婚しても、別に何も変わらないと思ってたんですよね
    僕も彼女と18年も付き合ってたんだから、
    結婚しても変わる訳ないと思ってたのが違ってたんです。
    結婚してから意識も変わったし、責任感も変わった。
    以前と違うんです。
    だから、これは僕の役者人生にとって別の段階に入ったんだと思いました。
    多分、今はもっと成熟した男臭い役が演じられるでしょう。
    子供じゃなくてね。
ウー :それに子供ができたらもっと違うよ
トニー:そうですよ、それはまだないですが、でも変わると思いますよ。
ウー :変わることはいい事だよ
トニー:そう、これはいい事です。男っぽくなった。
    感覚的に男っぽくなった。
ウー :「レッドクリフ」の中の周瑜みたいにね(笑)

★制作費100億円の壮大なロケ
トニー:「レッドクリフ」は監督の今までの映画で一番大変でしたか?
ウー :そうだね。
トニー:今までの監督の作品の中でこれだけ人が多く、カメラの台数が多い作品は
    無かったと思いますけど
ウー :カメラ台数で言えばウィンドトーカーズの時も、
    大きな戦争の場面を撮るのに最大で13台のカメラを使ったよ。
    リハーサルに二日かけて爆発に使う2、300の火薬を1週間かけて仕込んだり
    あれも大掛かりだったけど、レッドクリフほどではない。
トニー:それより大掛かりなんだ
ウー :それに君達も知っての通り、天気も劣悪だった。
    我々は最も暑いときと、最も寒いときに撮った。
    それに怪我した人もいたし。
金城 :僕が一番楽だった。諸葛孔明だったからね
    あの時、僕が諸葛孔明に対して思っていたことは
    あの雅な雰囲気をだすことなんです。
    でも、それは動作で見せるのではなくて、それ以外で諸葛孔明を表現しないと
    この映画に出た意味が無くなる。
    だけど、僕が見た限りではトニーと監督、
    特にトニーは毎日見ててすごく大変そうだった。
    鎧をつけて毎朝、4時5時に起きて並んで化粧をしていたし、
トニー:正直言ってそれくらい平気だよ。
    いつも撮影期間は最高に大変だと思うけど、撮り終えたらすぐに忘れてしまう。
    例えば、今思い出せばあの時は特に
    「暑いよー、もうお金は要らないよ、返すから」って思ってた。
    でも、撮り終えると、思い出して別に大変でもなかったなと思うんですよね
ウー :金城武は謙虚すぎると思うよ
金城 :そんなことないですよ
ウー :正直言って君の役が一番演じにくかった、簡単には演じられない。
    君に感動させられたのは、撮影前にいろいろ準備していたことだ。    
    君が見た参考書、私以上に参考書を読んでいたんだ。
金城 :だけど僕が思うに、監督は見なければいけない人物が多いんです。
    全員の細かいところまでは見ることができない。
    僕は一人だけでいいから、沢山見られるんです。
ウー :思いもよらなかったよ。非常にべ供している役者も多いけどねぇ
    扇の動かし方はどうだとか、細かいところまでよく見ていた。
    そんな演技はとても楽にはできないよ(笑)
金城 :僕があの時考えていたのは動きの一つ一つが
    ドラマの部分しかない僕にとってすべて重要だと思っていました。
    振り返る動きさえもどうやればいいかわからなかった。
    監督は僕らに気楽に生き生きするように言われていましたが
    これは重要なことだと思います。
    だから、今みんなが見ているあの感じになったんです。
    もし、監督がそう言わなければ、ずっと古文をただ暗記して
    セリフもうまく言えなくて、動きもわからなかった。
    しかしこの人物は有名すぎてどう完璧に演じればいいかわからないし
    だから、監督が諸葛孔明と周瑜の関係を
    このような描写にしたということで、ずいぶん助けられました。

(終)

独り言
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by gomazokun | 2008-11-03 23:49 | TV