<   2008年 07月 ( 18 )   > この月の画像一覧
FILM2.0 NO.396(P32~P33)
すごい奴らが作った多極的サウンド
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タルパラン、チャン・ヨンギュ音楽監督インタビュー
音楽監督のタルパラン(本名 カン・ギヨン)とチャン・ヨンギュは、
これまでの韓国大衆音楽をリードしたミュージシャンから影響力のある映画音楽監督に変貌した ‘すごい奴’らだ。彼らは「いい奴、悪い奴、変な奴」において、東西洋音楽を交ぜた多国籍フュージョンサウンドで、エネルギーがあふれてスタイリッシュな音楽をお目見えする。

映画が終わるやいなや、今度はポクスンアプロジェクトのコンサートです。
映画音楽を作ろうか、コンサートの準備をしようか、身体が三つでも足りないようですが?

タルパラン:コンサートの準備は、映画作業が終わる何ヶ月か前から始めました。
私やチャン・ヨンギュは「いい奴、悪い奴、変な奴」 (以下「奴、奴、奴」)の音楽作業のため、
そして、パン・ジュンソク、イ・ビョンフンも各自個人の事情があって忙しすぎて一緒に集まる時間もあまりありませんでした。
それでも初コンサートだから期待されます。

映画音楽は、どのくらいぶりにするのですか?
チャン・ヨンギュ:カン・ギヨンは<肩越しの恋人>(2007)、私は<いかさま師> (2006) 以後初めてです。

「奴、奴、奴」は、どのように参加するようになったのですか?
チャン・ヨンギュ:キム・ジウン監督とは 「反則王」の時会って 、「甘い人生」、短編「天上の被造物」そして今度の「奴、奴、奴」まで4つの作品で一緒に働きました。
カン・ギヨンは 「甘い人生」「天上の被造物」に引き続き、
「奴、奴、奴」がキム・ジウン監督と一緒にした三番目の作業です。
キム・ジウン監督は私たちと一緒に何回か作業したうえで、
映画と私たちが作る音楽スタイルがよく合うと思って選んだようです。

「奴、奴、奴」の映画音楽は、クラシック、ラテン音楽、東洋音楽などの特徴を動員した多国籍スタイルが目立ちます。
映画のスタイルに合うように音楽も多様なジャンルをフュージョンしたのですか?

タルパラン:空間的な背景は1930年代の満洲ですが、初めてシナリオをもらった時から、
音楽はフュージョンスタイルになるだろうと言う考えをしました。
ただ混ぜるというなら音楽をどのように混ぜるのだろうと思うことと、
エンニオ・モリコーネのように典型的な西部映画音楽の雰囲気を強く出すのか、
それともここで完全に脱皮してまったく違ったスタイルの音楽を作るのかについて悩みをたくさんました。
結果的に「奴、奴、奴」の音楽は、西部映画の雰囲気に東洋的なメロディーが上乗せされたスタイルになったと思います。
チャン・ヨンギュ:東洋の音階を使ったのは合うのですが、伽椰琴のような東洋楽器を動員しませんでした。
満洲、朝鮮、日本人などが登場するので、音楽も色々な国の音楽を混ぜました。
東洋音楽の中では、主にモンゴルや中国、アラブ系の音楽を取り入れたし、西の方の国の音楽では、ラテン音楽に一番神経を多く使いました。

各キャラクターごとに、どんなテーマ曲があるのですか?
タルパラン:作業初期には、各キャラクターごとのテーマを与えるのだろうと思いながら、
そのように行くと、とても分かりきったタイルに固まるようで止めました。
チャン・ヨンギュ:人物よりは、シーケンスや状況にもっと焦点を置いて音楽を作りました。
どうせどんな場面でも、その中にキャラクターがいないですか。
だから場面に合わせて音楽を作るだけで、その人物の感じが溶け込んだ音楽が出てくるようになったようです。
タルパラン:映画のタイトルが「いい奴、悪い奴、変な奴」ではないですか。
各キャラクターごとに特性があります。
変な奴のキャラクターはわからない過去を持っているうえコミックで軽快な面があって、
悪い奴は悪しくはあるけれど感受性の弱い面を持っています。

ドウォン(いい奴)、チャンイ(悪い奴)、テグ(変な奴)は、各自個性が溢れるキャラクターであるだけにテーマ曲が必要だったようですが?
タルパラン:何か意図したところはなくて、映画の流れの高低や状況などに合わせて音楽を作っただけです。
ただ私たちが気を遣った点は、様々なジャンルの音楽たちをどのようにひとつの種類で自然に調和させることができるかということでした。
チャン・ヨンギュ:「奴、奴、奴」を見ると、特定の人物の単独シーンがあまりなくて、すべて交ざって出るから、これといったキャラクターテーマは必要なかったです。

映画終盤部の大規模格闘シーンで流れるサンタ・エスメラルダの ‘Don’t Let Me Be Miss Understood’が非常に印象的です。
もしかしたら「キルビル」に対するオマージュですか?

タルパラン:いいえ、全然。その音楽はキム・ジウン監督が “この音楽一度使ってみるのはどう?”
と言って選曲したものです。

キム・ジウン監督は、どんな理由でこの曲を使おうとしたのですか?
タルパラン:そうですね、キム・ジウン監督が、まだその理由を明らかにしないので…(笑)
チャン・ヨンギュ:「奴、奴、奴」の編集する過程でその曲を聞いて、
映画によく似合うだろうと言う考えをしたようです。
結果的にその曲よりもっと良い音楽がないので、新たに録音して使おうとしたものはないのだろうという気がして。

「奴、奴、奴」の予告編でも ‘Don’t Let Me Be Miss Understood’が使われると同時に、この曲が、まるで映画のメインテーマのようになってしまいましたが?
タルパラン:初めて広報担当チームから「奴、奴、奴」の予告編に使うと言って音楽をくれという要請をされて、
書くに値する曲たちを送ってもらいました。その方々が思うのに、他の曲よりその曲が気に入っていたようです。
チャン・ヨンギュ:‘Don’t Let Me Be Miss Understood’が予告編で使われたからメインテーマと誤解することもありうるでしょう。
しかし絶対、この曲がメインテーマではないという点を認めてほしいです。

それなら映画でメインテーマと呼ぶことができる曲はどれですか?
タルパラン:そうですね、これといったメインテーマと決めたものはないです。
これは、とにかく見ればとてもスタイリッシュなものです。
映画の雰囲気をつかんでくれながらも、ただ背景だけに敷かれるものではないので。
キム・ジウン監督もそんなスタイルが欲しいようです。

「奴、奴、奴」の映画音楽を作る前にキム・ジウン監督が強調した点と言うと?
タルパラン:普通の映画音楽たちは、映画の雰囲気を生かすためにメロディーを殺すなど、
背景としてつける場合が多いです。
キム・ジウン監督は必ずしもそんなことを願ったのではないです。
それで私たちの音楽がちょっとワイルドになりました。
映画が持ったエナジェティックな面を増幅させながらも、
別々に入れても良いほどそれぞれ完成度の高い音楽が出てきたので。
そしてこのような点は、私たちにだけ該当するのではなく、
最近の映画音楽の動向でもあります。

「奴、奴、奴」は製作期間が長くて、海外ロケにカンヌ映画祭まで変数が多くて、作業するのに苦労することが多かったようですが?
チャン・ヨンギュ:今度の作業は、本当に長かったです。映画も約数百回を超えるほど見ました。
「奴、奴、奴」の初デモ曲を作った時が 2006年 11月でした。
ところが試写会3日前頃に作業が終わったので、ちょっとうんざりすることもありましたよ。(笑)
タルパラン:おおよそ 3年間作業をしながらカンヌ映画祭、国内封切り用など様々なバージョンの音楽が出ました。
編集過程で映画が変われば音楽も新たに作業しなければなりません。
「奴、奴、奴」の場合、エンディングだけでも 10個は出たようです。

映画と別個で音楽も非常にクリエィティブな作業です。
短い時間の中で数十曲を作りながら、ストレスは、ものすごかったようですが?

チャン・ヨンギュ:カンヌ映画祭が終わってから四、五曲を新たに作りました。本当に狂った仕業でした。(笑)
タルパラン:酷使されたと思うこともできますが、キム・ジウン監督自身があまりにも熱情があふれる人で、妙な魅力があって、変に憎くなかったですよ。

初めてシナリオを受ける時から後半レコーディングまでどのように作業してきたのか気になります。
チャン・ヨンギュ:シナリオが出た時監督と会議して、すぐデモ曲をいくつか作って監督に聞かせると、
彼がどのようにさせたら良いと言って方向を提示してくれます。
撮影に入って行けば編集本を作って送ってくれるので、それを見ながらずっと曲を作りました。
「奴、奴、奴」が中国現地ロケをする時、約 1週間行ったことがあります。
そこで編集本を見ながらまた三、四曲作りました。
ノート・パソコンとギターなどいくつか楽器を持って行ったのですが、
キム・ジウン監督が私たちをホテルの部屋に閉じこめておいて、
曲作りしろとおっしゃるので、本当に狂ったように作りました。(笑)
タルパラン:彼は何か中国に行ったのに見物どころかホテルの部屋しか思い出すことがないので…(笑)
初デモ曲が 2006年に出たのですが、最後まで生き残った曲もかなりになります。
少しずつ変わったりしても、初めに入った曲たちが印象に多く残るものです。
もちろん捨てられた曲たちも使われた曲程多です。
それでも幸いなことは、中国に行って作った曲たちがすべて生き残ったことか?

映画音楽を作るのに、現場踏査が必ず必要のようだという気がします。
あなた方の場合にはどうですか?

チャン・ヨンギュ:「甘い人生」の時もそうで、たいてい私たちは撮影現場に遊びに行くのですが、仕事をするために行ったことは少なくて、さほどありませんでした。
今回は偶然に、うっかりひっかかってホテルの部屋に監禁(?)されましたけどね。
タルパラン:何かインスピレーションを受けて、寝て、することがなく撮影場にぴったり一度行きました。
近の砂の城がある場所で、ラクダに一度登ってみて、それがすべて。(笑)

キム・ジウン監督の 「甘い人生」の時も一緒に作業をしたことと知られています。
あの時と今の「奴、奴、奴」の作業の時と変わった点と言えば?

タルパラン:二つの映画でラテン音楽を借用したということは似ています。
しかし、「甘い人生」は情緒的、感性的な面が多かったといえば、
「奴、奴、奴」はスケールが大きい音楽を作らなければならなかったという点で違います。
チャン・ヨンギュ:今度は資本、撮影など様々な面で規模が大きいと見るからもう少し酷くなったようです。
キム・ジウン監督とは一緒に色々編作業をして来たから、
私たちのスタイルをよく知っています。
「奴、奴、奴」の時も曲を作って行ったら “これこれ、やっぱりこんなふうに作ると思った。
僕はあなたたちの音楽を少し分かるよ” と言っていたんですよ。
タルパラン:おもしろい点は、キム監督は私たちが作った曲をあちこちすべて使って見た後、初めてある一ケ所に加えるということです。
彼が思うにここに似合うと思ったけれど、実際に聞いて見ると違うところに似合うような曲たちが多いようです。

「少年、天国へ行く」(2005)「甘い人生」(2005)「父とマリと私」(2008)「奴、奴、奴」(2008)に至るまで、多くの作品で共同作業をしたことで知られています。共同作業を通じて得る長所と言えば?
チャン・ヨンギュ:ポクスンアプロジェクトが 2002年に出ました。
長い間一緒に作業をしてきたので、やはり疎通が上手くできて楽だという長所があります。
タルパラン:技術的な面でお互いに補ってくれる面があります。
また一緒に作ってみると対話を通じて音楽を客観的に見つめることができるようになって
良いです。
映画音楽は時間との戦いなので物理的に大変な時があります。
やはりひとりで作業する時より二人でするのがずっと容易です。

チャン・ギヨンはH2O、ポケットベルバンドなどのロックバンドで活動している途中、タルパランと言う名前をつけてエレクトロニックミュージシャンに変化したし、チャン・ヨンギュはビジュアルポップからオーブバンドの前衛音楽まで消化して出しながら足跡の先頭に立つ音楽を消化して出しました。
二人ともスタイルが強いからぶつかる面がありそうです。

チャン・ヨンギュ:特別にぶつかることはなくて、共同作業をしながら得る短所と言うなら、
お金を分かち合わなければならないと言うことが少し惜しいだけです。(笑)

映画音楽を作りながら一番重要に思う点があったら?
タルパラン:たった一つを指折りなさいといえば ‘調和’です。
観客たちは馴染みがないせいで、私たちの音楽がものすごくはじけていると思うようです。
しかし私たちは調和を非常に重要に考えます。
他の映画音楽より少し違ったらと思う望みもあります。
しかし、映画の雰囲気をよく生かすことを一番先に思います。
チャン・ヨンギュ:個人アルバムの作業をするのとは違うので、新しいスタイルに対して執着しません。
これまで音楽をしながら私だけの音楽スタイルと言うのがあるのです。
それは、わざわざ映画音楽に入れようと思わないとしても、自然に溶け込んでいるでしょう。
映画に私のスタイルをいくらよく合わせることができるかを一番重要に思います。
実際に好きな映画は、音楽が入らないのがあるのですが…
タルパラン:あぁ、私もそう。音楽が必要ではないのに敢えてそれを入れるとか、
負担させるように入れる映画は良くないと思って。
コーエン兄弟の 「ノーカントリー」と言う映画があるじゃないですか。
その映画は、音楽がきっちり一度出ます。それも効果音に似ているように一度。
それなのに音楽が入って行ったように感じられるのは、それほど監督が優れているということです。

「奴、奴、奴」も「ノーカントリー」のように音楽がなかったら、どうだったように思いますか?
タルパラン:「奴、奴、奴」は「ノーカントリー」とスタイルがまったく違うので、音楽なしに進行されにくい映画です。
初めてシナリオ見た時 ‘あぁこの映画は、少し多く打ちこんでやらなければならないな’と言う気がしましたよ。(笑)
やはりウエスタンジャンルを標榜したうえでのアクションが多くてスタイリッシュな映画のため
音楽で裏付けしてあげると楽しくておもしろい映画です。

「奴、奴、奴」を見た人々が、つとに映画音楽にも関心を見せるようですが、OSTアルバムはいつ頃売り出す予定ですか?
チャン・ヨンギュ:OST アルバム作業はもう終わったし、国内発売の前に、
日本ファンを相手で一部先販売が入って行ったことで分かっています。
全体 40曲で成り立ったのですが、すべて聞くと 72分にしかなりません。
ぜい肉を落して映画の流れに合わせてみると、短い曲たちが多くなりました。
タルパラン:映画音楽が終わりながら OST アルバム作業も一緒に終えました。
発売だけすれば良い状況なのですが、いつ頃市場に出すかはよく分かりません。
たぶん封切りの1~2週前後でアルバム市場に出ないかと思います。
アルバムには、映画に入らない曲たちもいくつか入れました。
大変に作業した位 OST アルバムもよく売れたら良いでしょう。

イ・ジウ記者|写真 パク・ジヨン|場所協賛 LIG アートホール

special thanks azuki-san
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by gomazokun | 2008-07-31 22:28 | 記事
FILM2.0 NO.396(P48)
変な奴になったことも私の運命
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‘変な奴’ ソン・ガンホ
ソン・ガンホは良かった。「奴、奴、奴」に出演してではなかった。
キム・ジウン監督と作業することができるという理由だけでもとても良かった。
“「奴、奴、奴」でなくても構いませんでした。監督と作業することができるという
それ自体が良かったです。”
キム監督のデビュー作 「クワイエットファミリー」(1998)と自分の初主演作 「反則王」(2000)を一緒にしながら、毎回ジャンルを異にして独特の作品世界を創造する ‘キム・ジウンワールド’の魅力に魅かれたもの。
俳優の立場で、キム監督特有の小市民的ユーモアが自分を通じて具現された時、かつて韓国で見られなかった新しいキャラクターとして機能したから、浮かれるしかなかった。

「反則王」以後 8年ぶりに遭遇するキム・ジウン監督の 「奴、奴、奴」でソン・ガンホが引き受けた配役は‘変な奴’ ユン・テグだ。
噂が立った列車強盗犯と同時に伝説の固守だが、ウエスタンなら決まって期待しそうな ‘フォーム’などない。
翻るロングコートの代わりに‘防寒用の綿の入った服’、馬の代わりにバイクを、長銃の代わりに二丁拳銃をしきりに振り下ろして 1930年代満洲の果てしない大平原をひっかき回して行く姿は ‘笑わせる奴’にもっと近い。
“テグはウエスタンの典型的な人物ではありません。それだけ純粋に創造できる人物です。
それでさらに韓国的な感じが滲み出るとでも言いましょうか。”

「奴、奴、奴」はアメリカのジャンル、ウエスタンを借りて来た。
しかし日帝強占期当時の私たちの先祖にとって機会の大地と同時に開拓の空間だった満洲を小宇宙として想定、その場所で起こる人物の欲望に焦点を合わせる。
テグはその中心に立っている人物だ。朝鮮にいる当時、争いの攻手として君臨していながら、
満洲では、過ぎ去った事をすべて忘れて宝物を捜すことに血眼になった。
国家の運命など取るに足りないものように投げつけて、極めて個人的な欲望のために生きて行こうと思ったテグから、過去の私たちが、現在の私たちが重なるのは当然だ。

ソン・ガンホは役目が決まる瞬間、論理的にテグを演じてはいけないと思った。
“昔には固守だったけれど、雑草のような強い生命力を持って欲望に従う満洲時代のテグは、
本能に頼って生きて行く人物です。”
ソン・ガンホは、やはり‘本能的’でシナリオに充実な演技を広げるのが相応しいと思った。
“「奴、奴、奴」はジャンルの特性上、アドリブをする必要がありませんでした。
あまりにも立体的な人物なので、キャラクターの線を超えない演技が重要でした。”
しかも ‘いい奴’ドウォン、‘悪い奴’チャンイまでの三人が繰り広げる映画だったので、
万一計算にないアドリブを駆使する場合、呼吸が割れることがありうる危険性も念頭に置かなければならなかった。

テグの立体的な性格を具現するには、中国での現地撮影もある程度の分け前だった。
目の前に見えるのは果てしなく開かれた砂の平野であり、空には照りつける日差しばかりの中国敦煌で正確に 100日。いつも訪ねて来る砂風や熱い太陽熱よりソン・ガンホをもっと苦しめたものは、家を離れた人が感じる寂しさだった。
“国内でも現場はすべて難しいですが、中国だからそうなのか、肉体的な苦しさより心理的な寂しさがもっと大きく近付くんですよ。”
それは 「奴、奴、奴」に出演する監督や俳優、スタッフたちみんな同じだった。
その時のソン・ガンホは、求心点の役目をした。
自分の寂しさを顔に出さず、みんなが映画に集中することができるように
現場の雰囲気を明るく導いた。
彼は 「奴、奴、奴」に参加したすべての人々の情緒的な中心になったのだ。
そんなソン・ガンホの姿は、過去にこだわらないで今の満洲での人生に ‘オールイン’ するテグのキャラクター的脈絡と接している。

そのようにソン・ガンホは、テグそのものだった。
はじめからテグは、彼だけのための役であった。
移動手段として馬の代わりにバイクが決まったこともそうだった。
初めには馬だったが、ソン・ガンホは乗ることができなかった。怖くてではなかった。
学べば充分に乗ることができたが、滞っているスケジュールのせいで
最善をつくすことができなかった。
“馬に乗らなければならなかったらいくらでも学んで乗ります。監督に申し上げました。
ところがクランクインの日付と私のスケジュール上、充分に練磨することができる物理的時間ができなかったのです。” それで決まったのが、辻褄の合わないテグ自身のキャラクターのように、時代的に変な(?) オートバイだった。
もしドウォンやチャンイのようにテグが馬に乗ったら、どんなにつまらなかっただろう、テグを演じてソン・ガンホはそのように思った。

ソン・ガンホはいつも新しいキャラクターを好んで映画を選んで来た。
変えて言って、彼の演じた人物はすべて韓国映画史の最初に登場するキャラクターだったと言っても過言ではない。「ナンバースリー」のジョピル、「反則王」の小市民テホ、「殺人の追憶」の無鉄砲刑事パク・ドゥマン、「グエムル-漢江の怪物-」の足りない父カンドゥ、「優雅な世界」の組織暴力団の父カン・イング、「シークレット・サンシャイン」のカーセンター社長カン・ジョンチャン、そして 「奴、奴、奴」のテグまで。
ソン・ガンホはデビュー以来今までまともに休息を取ったことがない。
毎年一編ずつ、多ければ三編までも出演した。
「奴、奴、奴>」封切りを控えている今も、パク・チャヌクク監督の 「コウモリ」の撮影に
余念がない。
“体力的にとても大変なことは事実です。
しかし作品も良かったしキャラクターも良かったから、それはすべて俳優の運のようです。
” として「コウモリ」以後休息を考慮しているが、
新しいキャラクターに出会ったら休息を留保するつもりだ。
本人には大変なことだが、新しさに喉が乾く韓国映画の立場から、何よりファンの立場から、
これよりもっといいことはない。

ホ・ナムウン記者

special thanks azuki-san
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by gomazokun | 2008-07-31 22:21 | 記事
FILM2.0 NO.396(P44)
思い通りに水分を吸い上げた恐ろしくいい奴
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‘いい奴’ チョン・ウソン
チョン・ウソンは本能的だった。俳優経歴15年。
自分の特技が何なのか、大衆の望むことは何なのか、
言わなくても分かるくらいの時間的内面の空間。
彼が 「奴、奴、奴」を選択したのは、彼の言葉のように、
監督を向けた無条件的な信頼だけが全部ではなかった。
自分の才能をのぞき見ることができる賢さ、長い歳月確かめてきた
本能的な直感が加わって決まった事だった。
“とてもよく書かれたシナリオでした。
三人のキャラクターのバランスがとてもよく調節されているのですよ。
シナリオに表現された ‘ドウォン’が、ただ良かったです。
充分によく表現し出すことができるという自信感もあったし。”
思い通りに水分を吸い上げた俳優を見る楽しみと言うのは、このようなことだろう。
長いコートの裾を翻して壮快なワイヤーアクションでスクリーンを
かけずり回る彼を見ていようとすると、
これまで何故あの素敵な姿を惜しんでおいたのだろうか、まるで名残惜しいまでする。
ウエスタンのロマンを持った人にとって「奴、奴、奴」は、
チョン・ウソンの、チョン・ウソンによる、チョン・ウソンのための映画として誤解(?)される
下地が多い。
それほどキャラクターとの相性が幻想的だったという話だ。

‘いい奴’で漂う善良なニュアンスに騙されないこと。
「奴、奴、奴」の ‘いい奴’は ‘善良な奴’の同義語ではありません。
お金になることなら手当たりしだいに族を打つ懸賞犯狩人パク・ドウォンは、
ただ悪いとか変ではないだけで、
むしろ冷情にすることでは、一番は3人の中で最も ‘恐ろしい奴’です。
“悪い奴が残酷な奴なら良い奴は冷情な奴に近いです。
感情に偏った残酷さより理性を土台にした冷情さが時にはもっと恐ろしいものです。
あまり良いばかりではない奴なので、さらに魅力的でした。”(笑)
銃の代わりに短刀を下ろして刺し、馬の代わりにバイクに乗る変な無法者たちの間で、
ドウォンは唯一正統ウエスタンの刃が鋭くなった ‘フカシ’を見せてくれる。

数百頭の馬の間を力走行しながらも余裕満々な表情と能力にたけた姿勢で
長銃を振り回さなければならない人物だ。
状況がこのようだから、一番もっともらしい絵を作るのは彼の分け前だったし、
それほど危険も伴った。
その上にまた 「MUSA-武士-」(2001)で乗馬経験を積んだ彼が撮影途中落馬して
腕が折れたことも、ドウォンのキャラクターに合う競走馬の凄まじい速度に耐えて
起った事故だ。
“初め倒れた時は肋骨が折れたと思いました。どんなに痛いか、
膝がすべてぶるぶる震えるんですよ。
銃を回す場面もそうです。
手網を置いた状態で、両手で演出しなければならないので、初めには意欲が湧きません。
ところが撮影に入って行くと、急にできるという感じがするんです。
カメラの前に立った俳優が出すことができる勇気ですよ。
瞬間的にぱっと回したのですが、思ったより簡単で、ずっと回していました。
実はドウォンが見せてあげることは、それがすべてなので。 ”(笑)
地獄のような暑さが息の根を引き締めた中国敦煌での100日。
特に大追撃シーンは、毎カット一つ一つが安全事故を伴った高難易度の場面で、
訓練も不可能で、いつも即興的に身を任せなければならない状況だった。
結局ドラマチックな苦労談一つくらい取り付けてくる方法もするが、
彼は確実に苦労ということでも苦労と思うこともなかったと、
憎らしいように平気な態度を見せる。
映画撮影は何かの休養でもなく、そこで気楽さと潤沢さを望むのが
もっと変ではないのかという論理だ。
そうだ。
腕が折れたことも分からなくて撮影に臨んだ ‘恐ろしい奴’ということをうっかりしていた。

“劇場を揺るがす観客の反応に完全に圧倒されました。愉快な経験でした。
おそらく彼らに 「奴、奴、奴」は、かなり珍しい映画ではなかっただろうと思います。
西洋の専有物と思ってきたウエスタンが ‘満洲ウエスタン’という、
私たちだけのもっともらしいジャンルとして
生まれ変わったからです。“
” カンヌ映画祭で零れ落ちた ‘拍手シャワー’に対する彼の所感だ。
ガーラスクリーニング直後、彼はアメリカの有名プロデューサーに心惹かれる
出演提議を受けたりした。
しかしまだハリウッド進出を考慮するには、彼のスケジュールがあまりにもぎっしりしている。
すぐ入って行く新しい作品準備だけでも一日 24時間が不足で、
何回か予告して来た監督デビューも
そろそろ輪郭を現わす刹那だ。
彼が直接書いたシナリオはどんな映画かという問いに
“ただのアクション映画”という真性のない返事が返ってきた。
再び内容を問うと、アクションに何か内容が必要ですかと言って、にっこりと笑いを噴き出す彼。
それは彼が 「奴、奴、奴」を見る観点とも共通する言葉だ。
“多くの韓国アクション映画たちが、娯楽映画という言葉に躊躇います。
まるでそれが安っぽい感じでもすることのように。それが笑わせるんですよ。
私はむしろ、お金がたくさんかかって行く映画であればあるほど、
娯楽映画ではなければならないと思います。
そんな意味で <奴、奴、奴>は、完璧な娯楽映画ですよ。
多分韓国映画史に記録されるに値する、とてもよく作られた娯楽映画の標本になるはずです。
こんな映画が今後ともたくさん企画されたらという希望です。”

出世作「ビート」(1997) 以後幾多のフィルモグラフィーを作って来たが、
それでも彼はかなり長い期間青春のアイコンとして君臨して来た。
「トンケの蒼い空」(2003)のように時にはずば抜けた外貌を裏切ったり、
「私の頭の中の消しゴム」(2004)のように、遠慮なく力を抜いたりしても、
特有の秀麗なエティチュードは消すことができなかった。
侮れない経歴にもかかわらず彼はいつも ‘俳優’よりは ‘チョン・ウソン’だった。
そんな彼が今はハリウッドスターのように、
結構果敢に自分の役目と作品に対して自信感を現わしている。
肩に力は抜けたといえども俳優としてのオーラはもっと莫強された感じだ。
相変らず演技の ‘趣’を固守している彼だが、
それが彼だけが出すことができる ‘味’であることを否定することはない。

カン・ボラ記者

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by gomazokun | 2008-07-30 22:20 | 記事
FILM2.0 NO.396(P43)
満州ウエスタンの3種類の表情
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他に類がないことだ。ソン・ガンホ、イ・ビョンホン、チョン・ウソン
‘三人の奴’が一席に集まるなんて。
キム・ジウン監督は、<いい奴、悪い奴、変な奴(以下 <奴、奴、奴>)を撮影しながら “三人を一緒に撮ったというのが誇らしかった”と言ったが、写真撮影のために三人の俳優をスタジオに呼んでおいてみると、やはり監督の心情が十分理解できる。カメラを向けるとそれ自体で絵であり、そのまま立っているだけで個性がなみなみとあふれたら、どんな監督だって誇らしくないだろうか。
この映画はウエスタンであると同時にキャラクター映画なので、三人の俳優が持っている個性と演技力が最大値に発現されたと言うに値する。撮影期間 9ヶ月、なかでも中国敦煌での現地撮影 3ヶ月の間の経験について‘もっと良い’ ‘もっと悪い’ ‘もっと変な’を習慣のように吐き出した人々、いい奴ドウォン、悪い奴チャンイ、変な奴テグは、
韓国映画が見つけた新しいキャラクターだ。

写真 キム・ジヤン|デザイン イ・ヒョンジュ

special thanks azuki-san
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by gomazokun | 2008-07-30 22:05 | 記事
FILM2.0 NO.396(P19)
キム・ジウン監督インタビュー
「欲望の、最も 熾烈な形態を
                  具現しようとした」

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<甘い人生>(2005)から3年、男たちのスタイリッシュなノアールの世界が探求したキム・ジウン監督が、砂嵐の吹き荒れる満州の大平原から帰ってきた。 ‘満州ウエスタン’<ノムノムノム>は1930年代
満州を舞台とし、宝物を探すため 追いつ追われつの追撃戦を始めた三人の男の話だ。 感情の流れるままに
進むストーリー構造はあいかわらずだが、ウエスタンの世界が吹き出すエナジーの威力は監督の前作とは比較できないほどだ。 キム・ジウン監督に会って、そのエナジーの実態に対して尋ねた。

* この記事にはスポイラーが含まれています

始まりは一枚の宝物地図だ。 清国の時代、消えた宝物が大量に埋蔵された位置が表示されているもの。
‘良い奴’ドウォン、は、お金になることならば分けない懸賞金かせぎ。
‘悪い奴’チャンイは、大陸最高を夢見る悪名高い馬賊団の親分。
‘おかしな奴’テグは、馬の代わりにバイクに乗って大陸を縫う列車強盗犯。

3人の‘奴’は、それぞれ違った性格と理想を持っているが、宝の地図の存在を確認した瞬間、目的が同じになる。
宝物を真ん中に置いて、彼らの欲望は衝突し、満州大平原は、それこそ混乱の無政府状態に陥る。そんな欲望の頂点には、誰でもない、キム・ジウン監督が席を占めている。 <良い奴 悪い奴 変な奴>(以下<奴奴奴>)は、キム・ジウン監督の個人的なファンタジーが深くはらんでいる作品だ。
コメディー(<反則王>)、恐怖(<箪笥>)、ノアール(<甘い人生>)、SF(<天上の被造物>)を経由し、満州ウェスタン<奴奴奴>で、ジャンル実験を完成したい欲望、自身が過去熱狂したセルジオ レオーネの<夕陽の無法者The Good,The Bad,The Ugly>(1966)と、リメークしたかった故李晩煕監督の<鎖を切れ>(1971)を自分風に解釈して、新しいウェスタンの世界を創造したい欲望が作用したのだ。

<奴奴奴>カンヌバージョンに続き、記者試写会を通して韓国バージョンをお披露目した。
試写後に、また手を加えているということなのか?

キム・ジウン監督:当たり。(笑い)

どんな部分をまた編集しているのか
キム・ジウン監督:試写会を終えて、多くの感想があった中に、若干、気になることがあった。
結末部の、大平原の場面で、テグが大平原の荒野を行く途中に、一人で通り過ぎる渓谷の場面がある。
1分30秒程度カットするつもりだ。
事実、カンヌバージョンより韓国バージョンの大平原の追撃場面が、さらに増えた。
また、客が見たところ、分量は増えたが引き伸ばされたという感じはなくて、むしろ簡潔になりながらボリューム感が増えた。 リズム感がありながら、凝集した感じが強くなったというだろうか。
渓谷の場面をなくして直ちにエンディングへ行くことが、大平原の迫力感あふれる場面を生き生きと保存する方法であるようだ。

『<鎖を切れ>で精神的支柱を得る』
この映画作る前<奴奴奴>も含めて、色々な構想中の作品があったと?
キム・ジウン監督:<奴奴奴>のように、時代劇なのに日帝強制支配期を背景にした私立探偵物の話があったし、また一つはソン・ガンホ、ユン・ジェムン、オ・ダルス、ムン・ソリが出てくる‘支石墓’という映画。
彼らが話にもならない動物のような声を出しながら、マンモスと戦う映画を作れば、おもしろいと思わないか?ソン・ガンホ氏がOKといえば本格的に進めてみるつもりだったが、とても話せなかった。(笑)

<奴奴奴>が具体化された動機は何だったのか?
キム・ジウン監督:韓国映画界が良い時節だった時、何人かの同僚監督らと親しいプロデューサー、そしてホ・ムニョン先輩(現釜山(プサン)シネマテーク院長)と、こういう話をしたことがある。
先輩監督らの作品をリメークするプロジェクトを推進すればどうか、とても良い企画だ。
断絶した韓国映画歴史を、後輩監督らがつなぐという意味もあって。
そうしている間に、ホ先輩が韓国にも西部劇があると言った映画が、まさ<鎖を切れ>だった。

当時私は映画も見られない、存在自体も知らない状況だったのに、その話を聞いた瞬間、リメークしたいと言った。 さらには、<反則王>以後、長らくガンホ氏と映画を撮れなかったし、一緒に西部劇をしてみるかと。ところが、これが果たして韓国で可能だろうか、そして韓国映像資料院に行って<鎖を切れ>を見た。
しかし、半分ほど見て飛び出した。

つまらなかったのか?
キム・ジウン監督:映画は面白かったが、早く家に行ってシナリオを書かなきゃと思った。
純粋な娯楽ジャンルの映画として、とても面白いだけでなく韓国でウェスタンが可能だという確信と勇気を与えてくれた。 すぐに飛び出してガンホ氏のところに行き、西部劇をしなければならないと話した。
初めは、とんでもない提案に特有の笑いでげらげら笑っだが、「監督様、一度やってみますよ。」と言ったので、ここまで来た。

<鎖を切れ>の、どんな面でモチーフを得たのか?
キム・ジウン監督:背景が1930年代なのに、当時の国家的状況にもかかわらず個人的な欲望を表わす部分が私にアピールしてきた。 劇中の三人の主人公が、ひたすら個人の欲望に執着する人物に描写されるが、彼らの利己的な行動が、むしろ愛国的なようなアイロニーが気に入った。
そんな無政府状態の、人物らがそれそれ自らの欲望と夢に執着する時、醸し出す阿鼻叫喚、あるいは大騒動劇を作りたかった。

欲望の阿鼻叫喚を扱うためか、前作をあわせても<奴奴奴>は最も過激な映画だ。
キム・ジウン監督:そうだ。 誰かはこんな風に表現したよ。マニアチックなブロックバスターと。
例えば、セン・レイミー(<イーブルデッド><<ダークマン>)が<スパイダーマン>を作るから、マイナーな情緒がブロックバスターの中に溶け込んで、おかしなオーラを漂わせながら楽しみを与えるのではないか。
そのようなマニア的な要素が、私にとってはブロックバスターではないかと言える。
私が信頼する知人は<奴奴奴>をして「純粋な娯楽映画に、こんなに狂気が感じられるのは初めて。」と表現したのに本当にぐっときたよ。私たちの<奴奴奴>の撮影は、本当に話にもならない無謀な挑戦だった。
本当に狂ったようだった。(笑)

1930年代が背景だが、時代に対する描写はとても薄い。
ひたすら欲望にだけ焦点を合わせたので、かえって現実に対する話という気がした。

キム・ジウン監督:そうだ。 個人的に博物館スタイルで時代を考証して説明するのはバカなことだと考える。
事実、過去も未来のようにSF的な要素を持っているから、それに現在性が入るように生き生きした感じを持ってこようとした。 劇中の人物らが持っている欲望と執着が、現在の私たちの姿を照らすように、または反映することができるように構図を持ってきた。

映画の多くの部分が<鎖を切れ>でモチーフを得たのにもかかわらず、題名は<夕陽の無法者>を持ってきた。
事実<奴奴奴>が<続・夕陽のガンマン>から借用したのは、題名と結末部の構図程度ではないか。

キム・ジウン監督:実際の題名の<奴奴奴>は、主人公の性格だけでなく最後の銃撃戦を繰り広げた後、身を置いた状態まで表す。 良い奴は懸賞金稼ぎであるだけに、チャンイとテグが倒れるのを見た後に倒れるので良い状態、,悪い奴チャンイは自分が最高であることを確認できなくて倒れるので悪い状態、おかしな奴はそのような状況でおかしな音がするのでおかしな状態。(笑)

初めから題名は<奴奴奴>だったかのか?
キム・ジウン監督: いくつか他にもあった。 <3人の悪人伝>、そして<ノーカントリー>を見た後に、カンヌバージョンを見るので<お前ららのための国はない>に変えたかったよ。(笑)<奴奴奴>を題名にするつもりはなかったし、単純に仮題だった。
スティーブン・スピルバーグが<ジョーズ>を説明する時「人食い鮫が出てくる海洋侍」と言ったのに映画の性格が明確に伝えられているのではないか。 私もそのような形で映画を説明しようと「日帝時代の西部劇」と題名を付けたら、反応が良かった。 そのように商業的な要素がある題名を拒む理由がなかった。


『無国籍空間からもたらされる欲望の衝突』
常に空間から定めて話を作った。 今回はどうだったのか?
キム・ジウン監督:以前、スペインのグラナダに行った。 電車で過ぎながら原野が見えて、セルジオ・レオーネがここでウェスタンをしたんだなあ、我が国にもこうしたところがあれば良いのにと考えた。
そうするうちに<奴奴奴>の背景は満州だ、と中国を訪れるようになった。 しかし満州原野は砂漠という感じではない。 実際は、満州原野は今はほとんどなくなって工場が入っている状態だったので、撮影地を敦煌と決めた。
<奴奴奴>を企画して、最も早く頭の中に浮び上がったのが、それぞれ違った理由で広大な大平原を狂ったように疾走する男らの姿だった。 そのような男たちのロマンを描く空間が必要だった。 それで、<奴奴奴>は前作らと違って、先に空間に対する設定をしなかった。
ただし満州の大平原が浮かんで、主人公らがそれに至るために、どのように話を構築するか悩んだ。

敦煌の大平原を見るのでどうだったか?
キム・ジウン監督:一種の原始的な解放感を感じた。 パッと開いた原野を見て、ウェスタンを思い出して、一時、韓半島がさらに北に開いている時があったので、韓国の人々にも大陸的気質が明確にあるという気がした。 あたかも米国人らが新大陸を発見し、開拓精神を夢見たように私たちの先祖も広大な満州原野を眺めながら、無限の夢を見なかっただろうか。

ウェスタンは大平原が主要な背景なのに<奴奴奴>は帝国列車でも、市場などと同じ個別空間と同様に重く扱われる。 そのような点でジャンル的に独特さを帯びている。
キム・ジウン監督:ハワード・ ホークスの<リオ ブラボー>(1959)を例にあげれば、室内ウェスタンというほど、室内で行われるわずかなお話が中心になる。 私は、<奴奴奴>を通して、満州の混乱した状況を演出しようと帝国列車でも、市場などと同じ個別空間をたくさん作った。 さらには、それぞれ違った人物らを説明しようとすれば結果的に室内が多くなった。 そのような設定が、他のウェスタンと違った地点になるようだ。

劇中、満州の混乱が無国籍的に表現された。
キム・ジウン監督:1930年代満州が本当にそうだった。 当時の写真を見ると、本当にスタイリッシュだ。
事実<ブレード ランナー>(1982)も東京と香港の特徴を誇張して演出したイメージであって、歴史的再現とかけ離れてないものを作り出したわけではない。 <奴奴奴>の満州も、国籍不明、時代不明のように表現されたが、実際その時代が本当に一種のカオスのような世界であった。

あたかもSFのような。
キム・ジウン監督:満州という空間が多国籍なので、若干、ポストモダンな雰囲気のためか、評論家は“セルジオ レオーネだと思ったが<ブレード ランナー>だったよ”だよ。
実際に私たちも、市場の場面を撮影しながら、セルジオ レオーネにならなければならないのに、なぜ<ブレード ランナー>になっちゃったんだ?,こんなだった。(笑)  特に外国の評論家らの場合、日帝強制支配期当時の私たちの歴史的背景を知らないから、さらにもっとSFっぽいと表現するようだ。

あなた映画のストーリーテリング(ストーリー構成?)は、事件の流れより主人公の感情の流れを追って行くのではないか。 それでキャラクターに与えられた空間の構成が、最も隠密なキム・パンジュの家から始まって、バーンと開けた大平原で終わるようだ。 内密な欲望のつまらない結果というか。
キム・ジウン監督:人間が欲望を持った時、どんな形態で、どれほど熾烈に出てこれるのか見せようとした。
例えば<甘い人生>が欲望のつまらないことに対する話ならば<奴奴奴>は欲望の熾烈な形態に関する映画だ。

この映画にアクション場面が多いのは、そんな目的のためか?
キム・ジウン監督:そうだ。 執拗な追撃戦を通じて,、臓を拍動させる興奮感を高めさせようとした。
その中にすさまじさと言い争い、興奮がみな混在するほど、感情のパノラマが存在すると考える。

それぞれのアクション場面ごとにコンセプトを確実にした。
特に主人公3人の奴が、三等部屋から一等部屋まで順に移動しながら繰り広げる帝国列車アクションの場合、映画の空間的構成と流れを圧縮して見せるのが興味深かった。


キム・ジウン監督:三等部屋から一等部屋まで空間のコンセプトは別にしても、当時の多国籍の雰囲気を階級性で表現しようとした。 3人の奴の最初の追撃戦が行われるだけに、彼らの登場をどのように面白く持っていくか悩んだ側面もある。

アクション場面での、カメラワークにぐっときたよ。 列車が急停車して、慣性に勝てず本意と違って銃が発射される場面は直接カメラを回しがら撮影していたし。 市場でドウォンが滑車のひもにつかまって空を飛ぶアクションは、カメラマンが直接ワイヤーで吊られて撮影したし。
キム・ジウン監督:ハリウッド映画が提供する視覚的快感と比較しても遜色ない場面を作るために試みたものだ。
帝国列車の撮影は、カメラ監督一人で解決できる問題でなかった。 全体的な構成のためには美術チームも、特殊効果チームも、特殊メークチームもなくてはならない。 さらにはカメラマンがやるのは危険だから、スタントマンがカメラを持って直接転がり落ちて撮影した。
市場のドウォンのアクションは、ワイヤーカム(Wire Cam)でなくワイヤーマンたちが作った。(笑)イ・モゲ撮影監督とチョン・ドゥホン武術監督と、ヨ・ギョンボ ステディカム監督が交代しながら撮った場面の中で、最も良い絵を選んだ。 アナログ的な方法だが、ワイヤーカムならば作れなかった、より一層生々しくて迫力感あふれる躍動的な場面を得ることができた。

結末部大平原の追撃場面はアナログ方式のハイライトではないか?
キム・ジウン監督:今までにアナログ的な方式の追撃場面は<ベン・ハー>(1959)もあったし<マッドマックス>(1979)もあった。 完全なカオス状態を見せようとした大平原の追撃場面はそれにも劣らないと思う。
どんなウェスタン映画でも具現できなかった場面を、私たちがやったことに自負心を感じる。
個人的なファンタジーをこのように完壁に具現したスタッフらが、本当に驚くべきで、感謝している。


満州ウェスタンの以前のキャラクター映画
<長靴,紅蓮>は10代少女の‘内面’を形状化したし、<甘い人生>は組織の暴力的な男たちの‘外面’を見せた作品だ。 <奴奴奴>は、欲望という内面とアクションという外面を全部見せてくれる。
キム・ジウン監督:先立って主人公の感情流れについて話を作るという質問に対して、もう少し補充して答えるなら、私が、なぜ映画を作るが考えてみたところ、人々の表情のためであるようだ。 どんな瞬間にどんな不思議な不可解な表情が出てくるか。そのために映画を作るようだ。 ジャンル物でも娯楽物でも人々を見せようと思った。
<奴奴奴>も、 キャラクターとスペクタクルなアクション ビジュアルを続けて見せようとするビジョンを持って映画的要素で構成した。

主人公キャラクターが三人であるからだけにシナリオ作業から人物間バランスを取ることが大変だっただろう。
キム・ジウン監督:そうだ。 それぞれ他の魅力と違った‘悪知恵’と、違う色を持って衝突する人物たちだから、初めから正確に構図を組むのでなく、ずっとバランスを念頭に置きながらその時その時で合わせていった。
それはシナリオだけでなく現場でも、編集過程でも同じだったし、ずっと苦悩した部分だ。
事実テグが事件のキーな役割をしながら話を引っ張っていくが、また一方ではチャンイとドウォンが、違ったオーラを持ちながら話に入り込んでいくべきだった。 そのような面で、特にチャンイの役割が重要だった。
テグ、ドウォンとは違う、ものさびしい感情を持ちながらドラマの軸をなさなければならなかったため、イ・ビョンホン氏がチャンイの感情とドラマを構築するのには、役割がとてもあい昧だったことだ。

オムニバス映画<シュリ>の中の<メモリーズ>(2002)でジャンル世界に踏み込んで以来、<長靴,紅蓮><甘い人生>まで、結末がどれも悲劇的だった。 <奴奴奴>はちょっと様相が違ったよ。
キム・ジウン監督:私の映画は事実みなシニカルだったり寂しかったり、かなり哀れだった。
その上に<反則王>が憐憫と惻隠の心を誘発しながら、若干希望的な感じを与えたのに<奴奴奴>がこれと似ている。 私の映画中で最も希望的なエンディングというか。 実際に人が生きていくのは人生流転のようにアイロニカルだ。 混乱のどん底の中でも暮らしてみようという一念一つで自身を取りまとめるのではないか。
<奴奴奴>を通して、人生の多様で、躍動的な姿を最後まで見せてあげたかった。

<奴奴奴>で希望的なエンディングが可能だったのは、ソン・ガンホが持つキャラクターのためでないか。
キム・ジウン監督:そうだ。 ソン・ガンホが持っているキャラクターの力だ。
ソン・ガンホのユーモラスさがよく生きたのが<反則王>と<奴奴奴>だ。 ソン・ガンホが主人公ならば何か悲劇的なエンディングで終わっても、私たちの姿を反映することで力を集中して慰安を与える。
もし、イ・ビョンホンやチョン・ウソンのエンディングだったら違った様相だっただろう。

宝の地図を手に入れることも出来ないチャンイが、のんきに劇場で映画を見るが、スクリーンに場面が投射されているのにセリフしか聞こえず、何の映画なのか絶対見せなかったね。
当然ウェスタンだとは思うけれど。

キム・ジウン監督:ウェスタンではない。 クラーク・ゲーブルが出てくるフランク・カフラの<ある日夜におきたこと>(1934)だ。 大富豪の娘のエリー(クロデット・コルベル)が、お父さんから逃げて出て隠れている場面なのに警察が押しかけて、ピーター(クラーク・ゲーブル)と夫婦のように振舞う。 警察が「名前はなんですか」と尋ねていると、ここで部下がチャンイに「(宝の地図を持っている奴は)テグです)という。
私だけが分かるユーモアだった。(笑)

キャラクターの心理を、空間と関連させるあなたの能力は恐怖映画が好きな好みのせいではないだろうかと思う。 恐怖映画は制限された空間を背景として、,人物の不安な心理を恐怖で昇華するのではないか。
キム・ジウン監督:なぜ私が空間に執着するのかは分からない。 悩んだ部分を考え直させるような質問だ。
<奴奴奴>を撮りながら、よく、映画は時間性媒体と思った。 映画が持っている時間的な属性をよく分かる監督が、映画をおもしろくする監督だというのを<奴奴奴>を通して知るようになった。 その間、空間にとても執着をしてみるから、たびたび 留まっているという感じがしたよ。 
次の映画からはちょっと変われる気がする。

次の作品はクロード・ソーテ監督の<マックスMax et les Ferrailleurs>(1971)リメークではないのか?
キム・ジウン監督:順序上では、どのように進行されるかはよく知らない。

それではまた他のジャンル映画?
キム・ジウン監督:今までのジャンルを考えれば、話を先に考えてそれに合うジャンルを探す。
ジャンルの訓練をたくさんしたし、心理的な話もやったので、今は映画青年から映画成人へ移らなければと思う。 そして<奴奴奴>を撮影しなかったら、次の段階に移ることができなかったと思う。

special thanks viva!-san
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by gomazokun | 2008-07-26 00:44 | 記事
FILM2.0 NO.396(P30~P31)
キャラクターで見る<ノムノムノム>
虚無と欲望の化身たち

<ノム×3>はキャラクターの香煙だ。
わが国を代表する俳優 3人が各自の個性と香りをとかして、
劇中 役でまた生まれ変わった。
これらのキャラクターは典型的だが分かってみれば
典型的でない立体的キャラクターだ。
それでのぞき見るほどおもしろい。


【やつらの正体を捜して】
何年前、チョン・ウソンとインタビューをかわした時、自然に好きな映画が何かを問った。彼が指折った映画は‘風来坊(Trinity)シリーズ’であった。
<My Name Is Trinity>(1971)<They Call Me Trinity>(1972)
<Trinity Is Still My Name>(1972)
インタビュー当時、その映画たちがよく思い出せなかったので、よく分からないという返事をしながら過ぎ去るしかなかったが、時間が経ってDVDを通じてトリニティシリーズをまた見るようになった時、幼い時とき見た名画劇場の記憶が浮んだ。.
トリニティシリーズで常に印象深く見たことは‘豆料理’であった。
豆を糊状に炊いて、かなり大きなフライパンで焼く料理は、うまそうな印象ではなかったがそれでも食欲を刺激した。

このシリーズの主人公は題目とは違い兄弟が登場する。兄のトリニティと弟のバンビーノは鉄砲よりは拳で争う場合が多くて、コメディーを加味した変則ウエスタンの楽しさをまともに見せてくれている。それにもかかわらず相変らず印象的なことはがつがつしているように食いつく食事場面だ。<ノムノムノム>の試写会場に座っているのに、韓国式満洲ウエスタンの楽しさを与えると予想される映画を通じて独特の西部料理を期待したのかもわからない。
しかしたくさんの登場人物と事件を把握するのに追われながら見ると、荒野で料理をという余裕のある瞬間は見られなかった

たとえ 料理は知っていると等しい次元でウエスタンの思い出を触れる場面はある。
それはトウォンとテグが荒野に腰を据えて寝床に入りながら対話を交わす場面だ。
たき火と毛布一つだけをかけて、お互いに敵なのか同志なのか確信がないながらも、宝物地図をおいて未来の夢想を列べる二人の男の姿はウエスタンの典型的な山場の中の一つだろう。未来に対する不安感と現在の緊張感が漂う中に夜の場面は夜明けに変わった。
親密だった夜の時間が経って裏切りの太陽が浮かんだのだ。
全体的には情緒的である場面たちを見るようになる場合が多くはない。のべつ幕無しに銃撃戦が開かれて、お互いを追って追い回される状況で引き付けるがキャラクターに生命を吹き入れる情緒的呼吸の側面では惜しさが残る。
三人の重要なやつらにキャラクターを吹き入れる方式はアクションだ。争う方式と典型化されたファッションを二時間が過ぎるうちに維持しながら基本的な形を構築し出す。それは予告篇とポスターを通じてよく知っているこの夏の映画館通りのアイコンになるでしょう。

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本当によくて,本当に悪くて,本当に変で

1930年代満洲原野で広げられる映画の三つの綿衣やつらの中で正体が一番明らかなのは悪いやつだ.
馬賊たちの親分でナンバーワンではなければ耐えることができないパク・チャンイはひと目見ただけで悪党みたいな外形をしている。外面と内面にあらゆる傷を持っていることを露出するチャンイは、鉄砲であれば鉄砲、刀であれば刀、武器を自由に駆使する能力を誇示する。これは“一対一”の対決場面で絶頂に達する。早い動作はイ・ビョンホンという俳優の素早い印象ともよく重なるところだ。彼は自尊心をかけた対決では決して倒れない死の使臣だ.

チャンイの内面的な傷を一番よく見せてくれる場面は、象徴的な父親にあたるキム・パンジュを殺す場面だ。二人の対話を通じて彼が幼い時代からチャンイを支配してきたことを見当をつけることができる。日本銀行の総統が持った地図を取り返して来るかという質問に、チャンイは応分のお金を要求しながら取り引きを始める。
しかし言葉とは違い地図がないことを確認するようになったキム・パンジュが怒って銃口で狙うとチャンイは早い軽く避けて刀を突き立てる
何らの感情がなさそうなチャンイの行動は、感情が担いで(?)乾いてしまった満洲朝鮮人の典型を代表する。重要なことは二人の間に流れる象徴的な父子関係以外にも満洲時代を暮して這う朝鮮人として二人の人物を縛っておいた紐だ。

国家を売ってしまったことで見当がつく売国奴キム・パンジュや死に対して無感覚なチャンイは自分の生存と利益のために他人を省みない典型的な悪党たちだ。このような連結の輪はチャンイを売国奴集団と縛られるようにする(かかわらせる)ことで悪意の背景をもっと強調する效果を生む。

彼(チャンイ)に比べて、良いやつには変なやつの気配が漂う。
懸賞金稼ぎであるパク・ドウォンはお金になることは何でもするやつの典型だ。ユン・テグを捕らえはしたが、彼が持っているのが宝の地図という言葉を信じてついて行く姿で、ドウォンに切実なのがお金であるとの見当をつけるようになる。
しかしチョン・ウソンが西部劇映画の典型的な懸賞金稼ぎたちのようにお金に命をかけた男という感じを与えない。砂嵐の中でもきれいに見える彼の服装は、彼が正義感あふれる朝鮮人と繋がれているという印象を漂わす。

ドウォンはテグに、地図を狙う人々の中には独立軍もある、と言葉尻を濁ごす。この言葉は後半に至って現実になるだけでなく、ドウォンの過去が独立軍と無関係ではないことを推測させる。後半部には独立軍の姿がちょっと登場するときに軍の一員のひとり ナヨン(オム・ジウォン)が目的地を尋ねるためにドウォンの家に訪ねて来る場面で見当をつけるようになる。ドウォンの家の中の風景もやはり奇妙だ。彼は一人きり住んでいるさびしいハンターではなく、扶養しなければならない子供達がいる人物として描写される。妙な共同体の気配が漂うドウォンの家に到着すれば彼のキャラクターは頼もしい長兄の印象を与える。

ドウォンは外形的には一番格好よいヤツだ。ロングコートを飜りながら綱を渡ってアクションを繰り広げるワイヤアクション場面は、誰が何と言ってもドウォンのために存在することのように見える。チャンイの見事なアクションがおもに ‘一対一’ 対決に集中されていることに比べてドウォンのすてきなアクションは一人で多くの人と相対する瞬間によく現われる。チャンイが目下の部下を連れて争うことに比べて、ドウォンはいつも一人きりで動く。このような対立的な姿は二つのキャラクターの相反した背景と相反した世界を暗示する。ドウォンの“単独アクション”は映画の中の人物たちが地図を追って目的地に向けて駆け付ける場面でも遺憾無く発揮される。馬に乗ったまま長銃を振り回すドウォンの姿は正確な技巧が加味されたアクションだ。長銃の銃口を 360度回転しながら再装填して目標を狙う場面は狙撃手という名声を遺憾無く発揮する。派手ではないが正確なことで様式をなす。それがドウォンというキャラクターとアクションを把握するようにするキーワードだ。

テグは正体を簡単に掴みにくい本当に変なやつだ。服装からアクションに至るまで終始一貫虚々実々作戦を繰り広げていることは、映画のヤマ場に至ってからこそ現われる。地図が示す現場に辿り着いた三人の対決のときに、チャンイの口を借りて過去に名声を上げた‘指きり魔’の正体が誰なのかを見当をつけるようになる。チャンイはナンバーワンの座をかけてテグに最後の対決を請ずるようになって、テグの正体が分かったドウォンも対決に同参することに決める。

しかし隠されたテグの本当の正体の代わりに2時間、始終鑑賞するのは強い生命力を持った雑草のような存在を代弁する姿だ。彼のキャラクターが民衆的な情緒をあらわしてしいるのは、言っていることをまともに聞き分けることができないお婆さんと会う場面で見ることができる。実のお婆さんなのか、そうでないかは明確にわからないがテグは自分の利益を追い求めながらもよく周辺の人々の面倒を見る。彼は混乱の渦中でも緊張することなしに自分の生計を捜し出す才能の持ち主だ。このような生存力はドウォンとともにチャンイの一党と対決を広げる場面でもよく現われる。潜水具を頭にかぶって銃弾の嵐を避けるのではなく、防ぎながら繰り広げるアクションの基本は ‘コメディー’だ。変な奴はアクション映画に笑いを加えて、歴史的背景の舞台を軽く戯画させる。それによって満洲で日本から奪取した一枚の地図に過度な ‘民族イデオロギー’を吹き入れる必要がないようにするのだ。<ノム×3>の背景は、たとえ植民地時代ではあるが核心は混乱する時代の宝探しだ。それを一番よく見せてくれる人物がテグでしょう。

最後の瞬間に繰り広げられる三人の対決場面で、チャンイが狙うことはテグと勝負をつけたい自分の名誉だったし、ドウォンが狙うことは混乱する時代でも正義を捜したい彼の道徳心が引き続き現われる。しかしテグが狙うことは名誉や道徳ではなく宝そのものだ。その欲望は多くの人々を引きずり込んだ。荒唐な追撃戦が開かれる最後の場面で、後を追う日本軍が先頭を行くテグを大将だと目星をつけたこともこれと無関係ではない。テグは最も先を行く欲望、一番目立っている一番の位置だ。ところでテグを追う理由は一枚の宝の地図だった。そんな点でこの映画の本当の主人公は ‘一枚の地図’だ。

映画の冒頭で繰り広げられる汽車アクション場面は、一枚の宝の地図を取り囲んだ幾多の人物たちの激戦だったし、地図は日本軍だけではなく独立軍にも、馬賊団にも希望の象徴のように描かれる。それは話を導く マクガフィンでもある。まるで「マルタの鷹」のように、夢の都市 ‘エルドラド’のように話を導く欲望と虚無の象徴だ。


※「マクガフィン」(MacGuffin, McGuffin)とは
アルフレッド・ヒッチコックが考案したとされる映画用語で
映画(主にサスペンスやスリラー)の劇を作る上で
観客の注意をひきつけるために設定された登場人物の動機付けとか
話を進めるための仕掛けのこと
上の文中では地図は仕掛けで、象徴のように描かれているということのようです。

aさんjさんご協力ありがとうございました!
special thanks ”L”-san
[PR]
by gomazokun | 2008-07-24 21:42 | 記事
FILM2.0 NO.396(P47)
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【新しい悪党の誕生】
イ・ビョンホンは悩んだ、
イ・ビョンホンは‘悪い奴’パク・チャンイがなぜか自分のキャラクターに沿わない気がした。
「普通、シナリオを見れば、‘この映画は私のだ’という感じがわくのですが、
一種の直感みたいなものですが、<ノム>はシナリオを読んでみても、
興味はあるがチャンイが私のキャラクターだ、という気がしてこなかったんです。
満州ウエスタンというジャンルもなじめなかった。」

 しかし、イ・ビョンホンは馬賊団の頭目パク・チャンイになった。
キム・ジウン監督に大きな信頼を置いていたからだ。
「キム・ジウン監督は、いつもシナリオより完成度の高い映画を作るんです。
実際は、初めてシナリオを見たときには、どんな映画になるかは分からないものですが、
キム・ジウン監督の映画だけは信頼が出来るんです。
作品が終わるごとに演技力を輝かせていく俳優がいるように、監督もそうなんです。
毎作品ごとに想像以上に進化する監督です。」
イ・ビョンホンとキム・ジウン監督は<甘い人生>ですでに阿吽の呼吸をみせてくれた。

 新しい悪人を演じてみたかったのは、俳優としての欲もあった。
「今まで数え切れない悪人たちがいましたよね。
しかし悪人はキャラクターがはっきりとしていて大部分がひとつの典型をなしている。
そんな風で、ちょっと、これがいかにも負担で、
不思議と当然のように挑戦欲が沸いてきたんです。うまくやってやろうと思ったんです。」 
そしてイ・ビョンホンはデビュー16年目で初めての悪役を演じた。
しかも世間では聞いたことがないようなひどく残忍な悪役を。

 チャンイは、悪党たちのあふれる満州でも指折りの悪党だ。
自分の道に邪魔が入れば、苦労をともにした部下でさえも無慈悲に切り裂く。
容赦なく、血も涙もない彼の我慢ならないことは‘最高でないこと’だ。
チャンイにとっては最高でない2番手であることは無意味だ。
‘満州で最高’という言葉にもメラメラと燃えた。世間で最高になりたい‘悪い奴’は
‘ひどい奴’にもなりえてしまう。 
しかし、イ・ビョンホンの演技で‘悲しい奴’のような修飾語も追加された。
「ドウォンとテグは同床異夢ですが、戦略的だったとしてもしばらく同行したりしました。
こんな点でも2人の人物はいくらか現実的です。
しかしチャンイは蜃気楼のように夢を見る夢想家、理想の中の人です。
生きていくためにジタバタともがかず、もっぱら名誉、自尊心だけが大事なんでしょう。
それだけが存在理由だから。
ついてくる部下たちがいなくても、独りでも、同じ。寂しい、悲しい男なだけです。」

 俳優人生最初の悪役を演じるため、イ・ビョンホンは生まれて初めて
濃い扮装をしてカメラの前に立った。
スモーキーな化粧をした黒い目元と、砂嵐になでつけられたようなヘアスタイルで、
チャンイは頭の先からつま先まで‘悪い奴’そのものだ。
しかし、悪役だということをさらけ出す外見的設定と違い、
今回の映画ではイ・ビョンホンの演技は繊細な抜きんでた才能を見せた。
「観客が映画にのめりこめないような過剰な演技をしたくなかったんです。
いつも演じるごとに思うことだけど、キャラクターになりきれば、僕がどんなに柔らかく話し、
にこやかに行動してもキャラクター自身の殺伐とした、身の毛もよだつ恐ろしさが
観客には伝えられると信じていました。
だから今回は、現場の状況に僕自身をゆだねる場合が多かったです。」
自信に満ち溢れ無差別に殺人を犯すうぬぼれの中で、
男たちの知らない劣等感と寂しさを持った、その相反する要素たちが極端にぶつかる
新しい悪人。
チャンイはそうして誕生した。


9ヶ月をチャンイとして過ごしてクランクアップ後 半年が過ぎたが、
映画とキャラクターを情熱的に語るイ・ビョンホンは実は当日ひどい扁桃腺炎で首をしっかりと押さえて、冷や汗さえ流していた。
彼は「海外在留期間の間、会えなかった友人たちとお酒を一杯飲んだりして、体が疲れたんだ。」
と言ったが、最近の彼の歩みを注視していた人にとっては、過労が原因なのは明らかだった。
 
 彼のこの一年はまさに熾烈だった。
香港と中国を行ったり来たりしてトラン・アン・ユン監督の<I come with the rain>と
<ノム>を同時に撮影し、すぐに続けてハリウッド進出作の<G.Iジョー>に合流した。
一年で普通、1作品を撮影する以前を思うと意外な試みだ。「去年よく思ったのは
‘あまりに深思熟考すぎず、あまりに慎重すぎず’でした。
だから、無理だ、と思っても、新しい作品は全部俳優として発展する良い機会だから、
と出演を決定しました。」
休む間もなく彼のスケジュールは続いて、現在、ドラマ<アイリス>を決定したところだ。
しかし選択後に得た結果に対しては、イ・ビョンホンは普段より慎重に見えた。
「この経験が私にどんな得と損を残すのかは時間が過ぎてみたら分かるでしょう。
今は僕が一歩前進しているのか、後退しているのかは、よく分からないんです。
実は不安もありますが、選択には後悔はありません。」
しかし、彼も知っているし私たちも感じている。最高の頂点で、また違う頂上を捜すという挑戦が、俳優をどれだけさらに深く、広く再構成することか。
新しいイ・ビョンホンに会う瞬間だ。


“生きていくためにジタバタともがかず、
 もっぱら名誉、自尊心だけを重要視します。
 それだけが存在理由だから。
 寂しい、悲しい男なだけです。”


special thanks viva!-san

びばっちよりみなさんへ伝言です(w
「勉強のためちょっと頑張りましたがグッタリです~」
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by gomazokun | 2008-07-23 21:40 | 記事
FILM2.0 NO.396(P39) その2
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(P39上段)
<キム・ジウン監督の銃器乱射事件>

チョン:中国での撮影1週間ぶりにすっかり老けてしまった監督様。
    初めにその姿見てどれくらい驚いたか。
    監督様を知る方々が韓国でも驚いたという裏話。
    まるでカウボーイみたいだ。
    現場で鉄砲をうたなければストレスのため眠れないと撮影始終大平原を向けて
    発砲した監督様。
    もうストレス解けたんですか?

キム: 今 回復中

special thanks ”L”-san
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by gomazokun | 2008-07-23 21:36 | 記事
FILM2.0 NO.396(P39) その1
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<故人の冥福をお祈りします>
チョン:
チ・ジュンヒョン武術監督です。チュンヒョニは<ヤツ×3>をとても愛していました。
しかし、すべて終わらせることもできなくて遠い天国に先に行ったんです。無情なやつ。

チュンヒョナ、大平原で熱心に走り回って現場進行したお前の姿がまだ私の目に浮ぶよ。

朝には黒かったひげが夕方に白くほこりがたまってお爺さんみたいだったチュンヒョナ。
苦労ばかりしている途中、誕生日も中国で寂しくおくって,それも最後の誕生日。

チュンヒョンナ、年を取った奴が後輩にお酒ついで、お辞儀をしても、本当に寝ていて起きてこない。お前は気持ち良いか? 私は悪いよ。
年から見ても君が私の墓にお酒一杯あげるのがマナーではないか。悪いやつ

チュンヒョンナ、君が映画をやめたがっている時、幸いに<ヤツ×3>をするようになった。そのため、この映画ばかりしてこの職業やめると言っておきながら。悪者.

早く辞めていたら。←意訳です。
そうだったら、たまには、とてもたまにはお酒でも一緒にできただろう、なんてつまらない考えをしたりする。

チュンヒョン、とにかく君が愛した映画<ヤツ×3>が試写会をすると言う。
それでお父さん、お母さん、そして君が愛する末っ子妹さんを連れて試写会行く事にした。
お前も一緒に行こう。そして最後までこの映画を愛してくれ。
お前だけではなく多くの人々が愛してくれることができるように祝福してくれ。
必ず、後で必ず一杯飲もう。会いたいよ、チュンヒョンナ。サラハンダ。
(お前を守ってあげることができなかった本当に悪い奴が・・)



キム:私が一番愛した武術監督。私たちが一番愛した人間.

special thanks ”L”-san

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関連記事です。
ここをぽちっ

先ほどチ・ジュンヒョン武術監督のHPを覗いてきました
(個人のHPを直リンするのは自粛しているので、紹介できませんが。。。)
公開前日から、「明日、公開ですよ」
「一緒に完成させたかった」「エンドロールをみんなが席を立たずに見て欲しい」
などとスタッフの書き込みが沢山ありました。
彼自身の最後の書き込みは
「中国での新しい携帯はXXXXX-XXXXXです。急ぎの仕事があれば連絡してください」
でした。
これから見に行くことがあれば、エンドロールまで席を立たないで見てくださいね
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by gomazokun | 2008-07-23 21:35 | 記事
FILM2.0 NO.396(P38)
【ノム×3 フォトコメンタリー】

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(P38上段写真)
『イ・ビョンホンは繊細なアクション俳優だ。』

チョン : <甘い人生>よりさらに見事なアクションを見せてくれるビョンホニのチャンイの
      アクションは日進月歩だ。 アクションの真正な感情はこんな姿じゃないか。

キム : それはアクションだけではないんだ。 たぶん<甘い人生>より複雑な内面と心理を
     細密に描写したイ・ビョンホン。 
     キム・パンジュの暗殺シーンも圧巻だが、マンギル(リュ・スンス)と会って、腐った顔を
     ほころばせて「俺、パク・チャンイだ。」とやや低い声で吐き捨てるように言う演技は、
     イ・ビョンホンでなければ誰も到達できない表現、
     誰にも不可能な繊細な演技の決定版だ。
     映画の中のチャンイのユーモアはこうして表現された。

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(P38 2段目)
『我らは三国派』
チョン:三国派の子供たちよ、チャンイ派はどこ行ったの? 
    彼らはあまりにも荷が重いアクション場面を消化し、
    (くたびれた・運ぶ)連中と完壁なチームワークを駆使した。 
    このチームがいなければ、おそらく、やり遂げられなかっただっただろう。
    一番前に座っている優しげなボーイ、ルイス。 
    去る4月、交通事故で悲しくも故人になったが
    彼は確かに、私たち<ノムノムノム>を祝福してくれているだろう。 会いたいよ、ルイス。

キム :もっとかっこいい姿を、映画にたくさん入れることができなかった。 
    すまない、三国派たちよ。
    会いたいよ、ルイス。


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(P38下段写真)
『我らはチャンイ派』

チョン : 我ら チャンイ派 ここにあり。 我らはカット数で押されるが、君たちの
      三国派とほぼ同じくらいだ
      と言って、しっかりと団結した我らチャンイ派たちの姿。とても満足している。
      そして苦労かけた。 ありがとう。

キム : 三国派と共に大平原を縦横無尽に走り回るチャンイ派の戦士たち。
     もっとたくさんかっこいい姿を映画で見せたかったが出来なかった。
     すまない、チャンイ派。
     しかし我らにはDVDがある。
     本編よりもっと面白い付録映像で三国派とチャンイ派の
     かっこいい姿をとくとご覧ください。

special thanks viva!-san
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by gomazokun | 2008-07-23 21:34 | 記事