CINE21 850号③
バリスタの資格証も取った


インタビューが、あまりにも久しぶりだと。
思い切り周辺で、最近、最も多く聞く質問は何ですか。

一番大きいのは、やはり結婚です。
少し前の妹(イ・ウニ) の結婚が大きかったです。
気持ちが本当に変でした。
私はいつも、お母さん、妹、
チャールズ(イ・ビョンホンの海外マネージャー)と一緒に暮らしていたのに、
振り返ると、妹もチャールズも結婚したのです。
それにソン代表、会社の会計をする友人のような普通の近い人ではなく、
私に重要なすべての人たちが、最近みんな結婚しました。
スケジュールがなくて遊んでいる期間だったら、
心が乱れていたように思います。



普通そんな時、自分に向けた総体的反省が始まりませんか。(笑い)

まだ考える余裕がないです。
妹の結婚式も、式を執り行うことが、私には重要なことでした。
結婚式の日は、涙を堪えるために、酷い目にあいました。
妹やお母さんは、涙もろい人なのかよく分かっているので、
私が精神を集中できないと大変な事になると思ったんですよ。
結婚式の二日後に妹に電話をしたのですが
“僕、撮影場なんだけど、どこ”と聞いたら、家だと言ったんですよ。
“お母さん、ちょっと代わって”と言うと
“いいえ、私たちの家だから”と言うんです。
電話を切るのに、気持ちが本当に変でしたよ。
お母さんは、本当に寂しいだろうな。
僕は分からなくても、お母さんに娘は、一番近い友達だから。
そんな考えたちが、やたらにしましたよ。



バリスタの資格を取りましたが。そんな趣味の生活をするなんて、少し見慣れません。

これ(インタビューの時イ・ビョンホンは、タンブラーに入ったコーヒーを持って来た)
私が作ったものです。
私はバリスタなのに、他の人が作ったものをどうして飲むのか。(笑い)
深刻にしたことではなくて、知り合いのお兄さんが一緒に通おうと言って、
付いて行くことになりました。
ちょうど「悪魔を見た」を撮ってから時間が少しあるから行ったのですが、
やってみると面白かったですよ。
職場に通う生活とは違って、この仕事をしてみると、
急に時間が、ぽっかりできるし、
与えられた時、何をしようかと思うことが多いです。
ただボーっとしていると時間がもったいないので、
そんな時、安らかになれるものたちは何か、
悩むようになります。
ワインも学びたいです。
眠れない時、一杯ワンショット飲んで終わらせるのではなく、
この小さな瓶の中に込められたワインの歴史を知ると、
私に与えられた空の時間が、もう少し豊かにならないかと思います。
映画も、家で、一人で見る方です。
コーヒーを飲む瞬間も、ワインを飲む瞬間も、映画を見る瞬間も、
乱れて気が抜けた私の生活を沈澱させる時間になってくれます。



学んで挑戦するところが開かれているのは、少し意外な姿です。

そんなことたちに、閉鎖的ではありません。
元々性格も好奇心多いし、無茶だし、あれこれ探してみる方です。
人々は、私が有名だからか、殆どのことは気に入らないと思うけれど、
私に対して、そんな考えをすること自体が、嫌です。
だから、さらに積極的に表現するようになります。
その上、私がバラエティやトークショーに出ないと、閉鎖的だと思います。
でも、大部分のバラエティは、自分の人生を話すものではないですか。
俳優が何故自分の話をしなければならないのか。
話してみると、結局自分の合理化で言い訳になります。
そんなツールがよく合って必要な人もいますが、私には違います。
その他の側面では、私は開かれています。



最近のケーブルTVで「明日は愛」を見ると、なお新しく感じます。
1992年から放送されたので、デビューの時の姿です。

20年前の姿を、そのように見せてくれるのは、
明らかなテロです。
一人で見るのも顔から火が出るのに、
それを全国放送で送りだすなんて。 (笑い)
また見たら、本当に若かったですよ。
頬の肉が、どんなに丸々としているか。
あの時の私のニックネームは、アヒルのお尻でした。
白のパンツが盛んに流行するから、
はちきれそうなジーパンをはいて通いました。



演技というよりは、本当に、そんな大学生みたいでした。
おかげで「明日は愛」が、同時代の観客に及ぼした影響力は、途方もなかったです。

それもそのはずなのが、
あの時はマネージャーにも疎かったです。
特に私のような公採出身は、よりそうでした。
7年間、マネージャーなしで通いました。
スタイリストもいないから、着て出た服は、すべて私の服です。
その週の分量が 4日分なら、
四種類の着装を合わせて行きます。
最大限自然なものを見せてあげようという気持ちがありました。
私が TV 見ながらいつも疑問だったのは、
何故、寝て起きても俳優たちは、
みんな、化粧をして綺麗なのかでした。
本当に起きた人のようにしなければいけないと思いました。
それで、髪を、わざわざやたらにもつれさせて、
折り畳むようにドライをしました。
そんなふうにリアルな姿を見せてくれるものは、
以前にはなかったです。
周辺からは、何であんなにまで乱れる必要があるのかと
言う視線もあったのですが、
視聴者によって、反応が届いたんですよ。
少し前に「明日は愛」のチームが再び集まったのですが、
ユン・ソクホ監督が、
その後の話を、 2部作一幕物でしてみても良いんじゃないかと、
おっしゃったんですよ。
あの時はキャンパスが背景だったのですが、
ボムスは建築学科の教授になっているのです。
でも、また会って編集されるなら、「愛と戦争」になるのか。(笑い)



「明日は愛」の話が出たついでに、
1991年 KBS 公採タレントでデビューした後、もう演技20年です。
アクションの演技が、すっかり増えましたが、大変ではないですか. (笑い)

会社員たちは課長、部長になることを考えながらストレスを受けますが、
代わりに、少ないけれど粘り強くお金を稼ぐし、
本人の具合が悪いと、代わりにしてくれる人もいます。
でも、私たちには、代わりをしてくれる人がいません。
あっ、チョン・ドゥホン武術監督がいますね。(笑い)
今になって違うこともできないし。
振り返ってみると、私が演技をすることになるのは、
本当に分からなかったです。
幼い頃、町内では大将でリーダーシップもあったのですが、
いざ学校で発表しろと言われると、言えませんでした。
他の人の前に立つのが、とても恥ずかしくて大変でした。
子役俳優だった妹の顔なじみだった他の俳優のお母さんが、
“君はタレントにしてもいい”ということを言うので、
話にならないと言ったのですが、
今は、これが、私の一生の職業になりました。
ところで、あっ、そうだ、「私は朝鮮の王だ」は、
大衆が好きな映画と言いましたが、
興行が上手くいかなければどうするか、心配です。

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by gomazokun | 2012-04-25 22:39 | その他翻訳
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