M25 Interview 無鉄砲’俳優’ イ・ビョンホン②
なんだろ。。。
フリーペーパーだし軽~くなんてのはないんですね
どんなインタビューでも真摯に答えてますよねぇ
日本でもここまで突っ込むライターはいないんだろうか。。。

special thanks azuki-san♪

では



人生の窮極的目標は映画俳優だった

★学生時代が気になります.小学校の時班長ばかり 6年したそうですが、
 ご両親の期待が大きい息子だったのでしょうか.

  (瞬間イ・ビョンホン特有の爽やかな口元を現わし、手をたたき大笑い.)
  そうだったでしょうね.今考えてみると、ちょっと滑稽なことに思うのですが
  当時の班長は集団内で権威もあるし怖い存在でした.
  先生がいらっしゃらない時は、
  先生の役目の代わりをすると言うのでしょうか.
  幼心にその責任の意識が、かなり高かったようです.
  教室内の教卓の前で棒を持って立って、
  子供たちを見守った記憶があります.
  今その時代を振り返ってみると滑稽ですが、
  私は幼い頃とても権威主義的なキャラクターでした(笑い).
  あまりにも子供たちの前で威厳を取っていたからでしょうか.
  2年生の時母とどこかに行っている時、
  クラスメートの中のひとりが道で私に会うとびっくりして
  “班長、こんにちは!”と言いながら深くおじぎ(おへその挨拶)をしました.
  当時はそれを当たり前に受け入れたかもしれなくても、
  今思うとそれは何なのかと思います(笑い).

★その時身についたリーダーシップが今も残っているのですか.
  リーダーシップにも ‘器’があるようです.
  私は班長程度のリーダーシップであって、
  会長ほどのリーダーシップはなかったです(笑い).
  俳優たちの世界にいる時も似ています.
  三三五五集まる時はリーダー役をするのですが、
  それより多くなると、人々の前に立つことさえ躊躇って、
  しっぽを下げるスタイルです(笑い).

★演技を専攻しなかったし、劇団の出身でもありません.
  そんなことに対する自己恥辱感のようなものはなかったのか.
  なぜなかったのか.
  新人時代には演劇映画科に通うとか卒業した友達がすごく羨ましかったです.
  ‘あの子は演技をしながら変な用語を使うけれど、僕はひとつも分からない’
  というなどの自分に対しての不足感がありました.
  そんな感情のため一歩遅れて大学院へ行って演技の勉強をしたほどだから.

★TV の方では最高のスターだったのに、 90年代に出演した映画たちは
 あまり良い評価を得ることができませんでした.

  ところが実際その時代の私はとても鈍感だったのか、
  それとも映画版という所をまともに推測できなかったのか、
  憂鬱どころか楽しく映画をずっと撮っていました.
  私の人生の目標は窮極的には映画俳優だったから.
  それほど映画という媒体を愛していました.
  それにその時には新人俳優が映画版で相次いで興行に惨敗すると
  その俳優はまた映画版に入るのが難しいという
  暗黙の原則みたいなものがありました.
  ところがそれを知らずに映画をずっと撮っていたから私一人の楽しさしかない.
  興行に対する概念がないから一人で楽しんでいたのでしょうね.
  ところがその時と違って今は観客数に焦ったりもします.
  そんな私の姿を見て垢がついたのではないかと思ったりして.

★パク・チャヌク監督から映画監督をしてみろという勧誘を受けたそうですが
  私がその話を初めてしたのは、
  今度の映画の広報のために記者団のラウンドテーブルインタビューをする時でした.
  記者の一人が監督をしてみるつもりはないかと尋ねました.じっと考えながら
  “あぁ、そういえば以前パク・チャヌク監督が
  そんな提案をしてくれた事があるように思います”と答えました.
  ところがインタビューのタイトルで
  ‘イ・ビョンホン、パク・チャヌク監督が監督してみろと勧誘’
  こんな方式での記事が出たんです.
  そのようにタイトルが出てしまうから私が初めに話した意図とは
  180度別の話になってしまいました.
  瞬間、言葉に気をつけなくてはいけないと言う気がしました.

人生何がある?一度やってみるものだ!

★現在決まった次期プロジェクトは<G.I.JOE2>、来年初めの撮影と分かっています.
  これから何ヶ月間か蜂蜜の味のような休息の時間です.
  ところがその期間に必ずしなければならないことと言って
  会社から持って来てくれるスケジュールをよく見ると、
  これが休みなのかと思いましたよ(笑い).
  ‘本当にきちんとよく休まなくてはいけない’という考えばかりするのみです.

★最も成功的にハリウッドに進出した俳優の一人です.
 手始めはアクション俳優で始めましたが、それ以上の欲心はあるのですか.

  はじめからアクション俳優として始めた東洋の何人かの俳優を除いて
  ハリウッドでアクション俳優でだけ消耗したい人が誰かいるでしょうか.
  誰でもいつか自分の演技の実力で勝負をしたいでしょう.
  ただハリウッドには相変らず東洋人のキャラクターに対する
  偏見があって機会が与えられないだけです.

★ハリウッドのメインストリームではなく、
 インディーズ映画からキャラクターを探すことも方法になることがありえませんか.

  今まで私が選択して来たフィルモグラフィーをみれば知ることができませんか.
  実験映画に違いない <スリーモンスター>
  <I COME WITH THE RAIN>のような映画たち.
  私は私が出演する映画がブロックバスターなのか独立映画なのか
  気を遣わないで次期作たちを選択して来ました.
  ただあちらで選択するキャラクターではなく、
  私が選択することができるに値する素敵なキャラクターを待っているんです.

★ブロックバスターとインディーズ、シーンを選り分けないで
 自己管理に徹底的な様子を見るとトム・クルーズが思い浮かびます.

  トム・クルーズよりはブラッド・ピットが、もっとそんな気質ではないですか.
  私はブラッド・ピットが好きな理由のうちの一つは、商業映画と独立映画を選り分けずに
  自分をポンと投げてみる彼の選択と態度のためです.
  実際<I COME WITH THE RAIN>と<G.I.JOE>を選択する時、
  本当に悩みをたくさんしました.
  しかしその時私は “人生何がある?一度やってみよう、何か.”
  おおよそこんな気持ちでその作品を選択しました.

★意外です.最近何年間かの作品選択をみると
本当に緻密なほど戦略的という気がしていたのですが.

  多くの人々が私をすごく緻密な人と見ます.
  実際<奴奴奴>から<I COME WITH THE RAIN><G.I.JOE>まで、
  作品が与えられた時私をポンと投げてみる気持ちで
  “あぁ、わからない!みんなやってみよう!”
  こんなやり方ですべてのものを決めました.
  現実のイ・ビョンホンは計画的に何かを体系的に決めながら暮す人ではありません.
  それで答えにくい質問の中での一つが
  “これから 1年間の計画はどうなりますか?” 何かこのような質問です.
  なぜ難しいかって?計画がないから.
  初めはとてもバカらしく見えるかと思って
  計画がなくてもあると言おうか、悩んでみたほどです.
  私の人生が、私の次期作がどんな作品なのかを置いて
  私もファンの立場になって気になります.
  何か明確ではない、こんな状況を楽しみます.

★ハリウッドというジャングルで生き残ることができたあなただけの戦略を尋ねようと思いました.
 ところが、お話を聞いてみると尋ねることができませんね.

  戦略は全くないです.
  すべての決定を ‘無鉄砲’ 精神でしているから
  戦略がないと言うのが率直な答えでしょうね.

★キム・ジウン監督がイ・ビョンホンは分かってみれば
 ‘石頭型人間’と言っていたのですが.同意しますか

  私をよく知っている周辺での親しい人たちが私に一番多く言う話がまさにこれです.
  “なぜこんなに、バカみたい!”
  はなはだしくは、そんな私を嘆かわしく見つめる人たちも多いです(笑い).
  親しいから気の毒で、そのように眺めるのでしょうね.

★後輩たちがロ-ルモデルに指折り数える先輩のうちのひとりです.あなたは成功した人ですか.
  後輩たちがそのように見てくれる時、たまに ‘私は成功したのかな’と思います(笑い).
  ところで人というのは、本当に適応を早くする動物なのでしょうか.
  私がどんな高い席に上って来ていても、
  私ははじめからその席にいたようにふるまうようになります.
  私もそんな錯覚に陥らないように自らをいつも冷情に振り返ろうと思います.
  しかし、それは容易くはありません.
  演技をする以前の私の姿と比べてみると、
  今私が成しているこのすべての状況が非現実的に感じられるほどです.
  そうするうちにふっと
  ‘父が生きていて今の私の姿を見たらどんなに驚いて喜ぶだろう’と思うようになります.
  父は、すごい映画マニアでした.
  映画<ニュー・シネマ・パラダイス>を見ると、
  映画館で、あらかじめ次のせりふを口に出す人がいませんか.
  子供の頃<週末の名画>を見ると、父はぴったりそうでした.
  まるでその映画を監督した人のように、
  映画を見る始終、私に映画の全般を解説してくれました.
  私は父のそんな姿を見ながら育ったし、結局俳優になった人です.
  私がハリウッドに進出したのを、うちの父が知ったら、どんなに喜ぶでしょうか.
  今もしきりにその考えが生じます.

★あなたにとって成功というのは何ですか.
  私において成功は幸せを意味します.
  客観的に見た時は成功ではないと思っても、
  私がその中で幸せを感じたらそれが成功ではないでしょうか.

★それで今あなたは幸せなのですか.
  幸せになろうと努力します.
  人は適応が早くて、自分が幸せだと感じる状況にもかかわらず、
  容易く適応してしまいます.
  時間が経つと、その幸せが、
  幸せではないことのように感じられるようになるのでしょうね.
  それで私はしきりに振り返って、そうならないように、
  今日も幸せになろうと努力します.

Epilogue
 インタビューを終えて 8分余りの間の写真撮影が始まった(正確に 8分撮った!).
 衣装一着で全媒体をインタビューするその他の映画俳優たちと違い、
 イ・ビョンホンは媒体ごとに衣装を全部着替える手数を惜しまなかった.
 インタビューをする時も、
 生き生きした彼の目つきはカメラの前でさらに深くなった.
 長い椅子に足を伸ばすポーズを依頼すると
 イ・ビョンホンはズボンと靴下のカラーが合わないと言って
 靴下を替えて履いてくるとフィッティングルームに入って行った.
 緻密な戦略どころか自らを ‘無鉄砲’と呼ぶ彼だが
 こんなちょっとした行動たちが集まって今の彼を作ったのだろう.
 服装一つ、カメラに向けた目つき一つごとに
 イ・ビョンホンの戦略ではない、彼の本心が感じられた.

映画俳優イ・ビョンホン
1970 年ソウルで生まれた.中東高等学校を経て漢陽大仏文学科を卒業した.
俳優生活をしていた中で、中央大大学院演劇映画科に入学、修士過程を修了した.
1991年 KBS 公採 14期で演技生活開始.
TV ドラマ<明日は愛><アスファルトの男><美しい彼女>などに出演し
90年代最高の青春スターへ浮び上がった.
1994年<誰が俺を狂わせるか>でスクリーンにデビューし
<ランアウェイ><彼らだけの世界><地上満歌>などに出演したが
興行では、あまり大きな利益を得ることはできなかった.
以後 <バンジージャンプする>で評壇の好評を得て
<共同警備区域 JSA>が大きく興行を打ちながら
映画俳優としても大きな注目を引くようになった.
以後 <純愛中毒><スリーモンスター><甘い人生>
<グッド・バッド・ウィアード>などに出演した.
ドラマ<オールイン>の大ヒットで韓流熱風の主役になり、
日本では ‘ビョン様’で通じる大型スターだ.
彼の挑戦は日本内での韓流熱風にばかり止まらず、海外でも伸びって行ったが
昨年にはハリウッドに本格進出、ブロックバスターの<G.I.JOE>で
‘ストームシャドー’のキャラクターを演じた.
現在キム・ジウン監督がメガホンを取って
チェ・ミンシクが相手役として出演した映画<悪魔を見た>が封切り、
劇場で上映中だ.
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by gomazokun | 2010-09-04 23:46 | その他翻訳
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